書道家が私の字に惚れました
『連絡先は履歴書に書いてあったな』
そのことを思い出した忙しい薫先生は直接連絡先を交換することをさっさと諦め、近日中に連絡すると言ってその場を後にした。
そしてその言葉通り翌朝には連絡をくれて、十日後の夕方に食事しようと誘われたのだけど、私はその返事を送れずにいる。
だって断って納得してくれる話の通じる相手ではないと知ってしまったから。
きっと予定を変更してくるに違いない。
「もう一度会って、はっきり断るしかないか」
昼休みの食堂でスマートフォン相手に独り言を呟いていると、隣に腰掛けた同期の小林亜由美がこちらを見た。
「さっきからスマホ見ながらなにをぶつぶつ言っているの?」
「あ、ううん。なんでもないよ」
話すに話せない内容だったからスマートフォンの画面を下にして机の上に置き、お茶に手を伸ばす。
それから亜由美と同じようにテレビを見ていると、突然、画面に薫先生が映った。
「ブッ」
思わず吹き出してしまった私に亜由美がティッシュを差し出してくれた。
「ありがとう」
「ううん。それより見て、五条薫。最近ますますカッコよくなってきたよね」
亜由美がテレビを見ながら言う。
「モデル業もいけそうなのに書道だけに一貫しているのも素敵。あまり多くを語らないのもミステリアスだし」
「そう、だね」
いつもなら亜由美と一緒に画面釘付けになるのに、為人を知ってしまった今、昨日と同じテンションで薫先生を語れない。
「あ、ねぇ見て!五条薫が結婚相手について語ってる!」
亜由美に言われて画面をチラッと見ると、薫先生がインタビューに答えていた。
「結婚相手はどのような方を求めていらっしゃるのですか?」
「字の綺麗な方がいいですね」
薫先生の答えを受けて、亜由美が画面を見たまま話しかけてきた。
「あんなこと言ったら書道習う女性が増えるわよね」
たしかに豊先生の教室も薫先生がメディアに出るようになってから成人クラスの受講者が激増したと聞いている。
もっとも、書道用品メーカーとしては売上が増してくれるのは大歓迎なのだけれども。
それより亜由美に聞いてみたいことが頭の中に浮かんだ。