書道家が私の字に惚れました
「ねえ」
「ん?」
画面に釘付けの亜由美に聞こえるくらいはっきりと、でも不自然にならないように気を付けて質問を投げかける。
「もし薫先生に出会えて、字が綺麗だから結婚を前提に付き合って欲しいって言われたらどうする?」
「付き合う」
即答とその答えに驚き、コップに伸ばした手が止まってしまった。
「え?なんでその反応?」
亜由美は私が固まってしまったのを見て、不思議そうに首を傾げている。
「だってその場で突然だよ?長く付き合っているとかじゃないし、字が綺麗なだけでお付き合いしてください、だよ?」
聞くと亜由美は少しだけ考えてから答えてくれた。
「たとえ字だけでも付き合ってほしいって言われるってことは少なからず好意を寄せてくれているってことでしょ?あんな素敵な男性にそう思ってもらえるだけで奇跡的な話しじゃない。それに五条薫の書って言ったら一枚数十万、時には数百万で売買されるのよ。結婚を前提としているのなら余計に断る方がおかしいでしょ」
「そうかなぁ」
あまり納得がいかなくて首を傾げると亜由美は画面の中で書道パフォーマンスをする薫先生を見て話を続けた。
「前になにかのインタビューで言っていたの。『自分の書には良くも悪くも心が表れてしまう』って。だから相手のことも字を見ればおおよそ分かるんだろうし、本人も不倫とか浮気とかしないと思うんだよね。現にスキャンダルなんて一切ないし」
「変わり者だからじゃない?」
ボソッと呟くと亜由美が反応した。
「え?なに?美耶、五条薫と会ったことあるの?」
「あ、うん。ほら今、五条豊先生のところに行っているから」
そう答えると亜由美の瞳が輝き出した。
「本物の五条薫ってどうだった?カッコいい?」
「あぁ、うん。すごくカッコよかったよ」
それは間違いない。
「でも」
話しの通じない変わり者、とまではさすがに言わないほうがいいか。
「第一印象はあまり良くなかったかも」
そう口にすると亜由美は首を傾げた。