書道家が私の字に惚れました
(関係者以外立ち入り禁止)
到着したはいいけど、当然催事場は準備中とあって入れない。
【到着しました】
メッセージを送ってみるも忙しいようで既読が付かない。
困ったな、とその場に立ち尽くしていると背後から声をかけられた。
「あなた、どなた?関係者じゃないわよね?」
ハスキーな声に振り向くと、小さな顔に明るめの茶色のショートカットがとても似合う綺麗な女性が立っていた。
その姿に驚き、名指しで呼んでしまう。
「小林舞さん?!」
有名華道家としてメディアに引っ張りだこの小林舞。
初めて実物を見たけど、顔の小さいこと。
全体的に細くて、手足が長くて、肌も透けるように白い。
「こんなに綺麗な人初めて見ました」
興奮気味に言うと、小林さんはフフッと柔らかく微笑み、「ありがとう」と言った。
「でもそんなに見られると照れちゃうな。私のファン?それでここに来たの?会えると思って?」
「え?あ、いえ…ってあれ?私、場所間違えたのかな?」
薫先生の個展の場所だと思っていたけど、違ったのだろうかとスマートフォンを見直していると、小林さんが「あ」と声を上げた。
「もしかして薫のファン?」
薫先生の名前を呼び捨てにしたことにドキッとした。
でも小林さんが答えを待っているのでそれ以上考えることはせず、首を横に振る。
「今日ここへは薫先生に呼ばれてきたんです」
答えると小林さんは私の全身を確認するように上から下へと視線を這わせた。
「なるほど。たしかに薫の好みね」
「そうなんですか?」
聞き返すと小林さんはニコッと微笑み、私の肩に手を回し、耳元で囁いた。
「あなたの字が綺麗なら完璧よ」
「え?あ、もしかして小林さんも?」
薫先生にそれを言われ、お付き合いしていたのかと想像を巡らし、反射的に聞いてみた。
すると小林さんは肩に回していた腕を解き、肩をすくめて眉根を寄せた。
「私はね、薫のことが好きだったの。ずっと。だから外見を薫好みの和風美人風の黒髪にしたのに、字が好みじゃないって振られちゃった。悔しくて習字を習って再チャレンジしたのに、この字も違うとか言われて。もう意味不明じゃない?」
「そうですね」
小林さんのように美人で才能あふれる女性を振るなんて信じがたい。