書道家が私の字に惚れました
「それもそうか」
薫先生は納得し、視線が外れた。
ドクドクと脈打つ胸元を押さえ、気持ちを落ち着かせていると、薫先生は関係者以外立ち入り禁止の扉に手をかけた。
「まだ準備中だが」
どうぞ、と言わんばかりに手で誘導される。
関係者でもないのにいいのかと迷い、小林さんの方を見やると同じように手を差し出してくれた。
「特別よ」
小林さんを見て、それから薫先生を見る。
ひとつ頷いてくれたので、小林さんに会釈を返してからありがたく足を踏み入れることにした。
「失礼します」
今までも薫先生の個展は行ける限り見に行っていた。
新しい作品を先に見られるなんて興奮を隠せない。
ドキドキと加速していく鼓動を耳に聞きながら、薫先生に導かれるまま室内に目を向けると、そこには別世界が広がっていた。
色とりどりの豪華絢爛な花と壁に掛けられた何十点もの書。
圧倒的な美の共演に感動してしまい、なにか言いたいのに、言葉が出てこない。
「舞と俺は幼馴染なんだ」
薫先生の声が室内に響く。
「将来、互いに有名になれたら一緒に個展を開こうと話していて、その夢がやっと叶った」
そう語る薫先生の瞳はキラキラと輝いて見えた。
「夢が叶ってよかったですね。おめでとうございます」
「ありがとう」
薫先生は私を見下ろし、柔らかく微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間、胸がドクンと反応し、先ほど、薫先生が私の笑顔が好きだと言ってくれたように、私も柔らかく微笑む薫先生の笑顔が好きだと感じた。
急速に、でも確実に惹かれている。
それを実感して落ち着かなくなる。