書道家が私の字に惚れました
「まだ奥にもあるんだ」
薫先生に言われて視線を薫先生から作品へと移す。
一歩一歩ゆっくりと、でも着実に花と書のコラボレーションを楽しむことにした。
「これ」
一点の作品の前で足が止まる。
「わざとですか?」
それまでのほとんどが花と書に一体感があったのに、不思議と歪んで見える。
「やはりそう見えるか」
薫先生は私ではなく作品に目を向けた。
「この作品だけ調和が取れないんだ。舞の作品が悪いわけではないんだが」
そして題名に目を向けたので私も同じように視線を落とすと、『愛』と書かれていた。
「私はいいと思うんだけどね」
背後からの声に目を向けると、いつの間にか小林さんが立っていて、薫先生と同じように作品に目を向けていた。
「私と薫とじゃ、愛の感覚が違うのよ。でもささいなことだから一般のお客様には気づかれないと思ったけど」
小林さんはそこで区切ると私の方を見て言った。
「気づかれてしまうようならダメね。私も考え直すけど…そうだ!ねぇ、あなた、薫が書く間、そばにいてくれない?あなたがそばにいれば薫も愛と向き合えるでしょう?」
「それは」
きっと違うと思う。
素人の私が言えたことじゃないけど、ふたりの作品に私が入ったら作品を壊すことになる。
断るべきだと口を開こうとした時、薫先生が割って入った。
「これは俺たちの作品だ。彼女は関係ない」
薫先生の真っ直ぐな言葉に小林さんは眉根を寄せた。
「まぁ、たしかにそうね、じゃあー…」
ふたりの間で会話が進む。
と同時に居た堪れなくなる。
ふたりの世界観を邪魔することはしたくないし、仕事の場だから私が入る隙なんてないことくらい理解しているのに、はっきりと線引きされて疎外感を感じてしまっているのだ。
「大丈夫?」
小林さんが私の様子に気が付き、声を掛けてくれた。
才能があり、薫先生と同等に仕事と話ができ、他人の変化にもいち早く気が付ける。
私にないものを持っている小林さんが羨ましい。
でもそれを私が言ったら嫌味でしかないし、これ以上ここにいたら卑屈になるばかりだ。