書道家が私の字に惚れました

「あの、私はそろそろお暇しようかと。その前にこれ。少しですが」

話しの矛先を変えるように、買って来た差し入れを手渡す。

「え?あ!ここのサンドウィッチ美味しいのよね。ありがとう!」

小林さんが満面の笑みで手を伸ばし受け取ってくれた。

「お腹ぺこぺこだったのよ。裏で片付けしているスタッフも喜ぶわ。本当にありがとう。遠慮なくいただくわね。薫、気の利く彼女じゃない」

パチッとウインクした小林さんは「早速食べて来よーっと」と言うなりそのまま裏の方へ行ってしまった。

「あ……」

帰るタイミングを逃してしまった。

どうしたものかと悩んでいると、薫先生が声をかけてくれた。

「こっちの都合で予定を変更させてしまったのに、差し入れまでありがとう」
「あ、いえ。喜んでいただけたようでよかったです」

そう答えると会話が終わってしまった。

静けさに気まずを感じる。

「えっと、それでは私はこれで」

ボロが出る前に早々に退散しよう。

「お忙しいのにすみませんでした。貴重な機会を与えてくださり、ありがとうございます。私ももう一度書と向き合ってみようと思いました」

お礼を伝えて頭を下げる。

それから薫先生を見上げると、困ったような顔をしていた。

「え?私、なにかおかしなこと言いましたか?」
「いや。だが今はまだ帰ってほしくないし、書ではなく、俺と向き合ってほしいと思ったんだ」

薫先生はそう言うと室内の端に置かれた椅子に座るよう誘い、薫先生は椅子を真正面に来るよう動かし、そこへ腰掛けた。

帰る気でいたのに。

それに正面から向き合うのはまだ慣れない。
初めて会った時と同じように俯いていると、薫先生の手が私の顎に触れた。
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