書道家が私の字に惚れました

「失礼します。薫先生とお約束があるのですが」

玄関に入り、出て来たお手伝いさんに声を掛けるとすぐに薫先生が出て来た。

「上がって」

どうやら玄関先で済む話ではないようだ。

何を言われるのかドキドキしながら上がると、居間に通された。

上がらせていただくのは初めてではないけど、自宅とは思えないほど広々とした和室は何度来ても慣れない。

「座って」

入口で立ち尽くしている私に薫先生が向かいの席に腰かけるよう視線で指示してきた。

「失礼します」

促されるがまま座椅子に正座すると、当然、正面から向き合う形になる。

どんな評価がくだされるのか分からない上、誰もが認める素敵な男性を目の前にして緊張が増す。

俯いていると突然名前が呼ばれた。

「小山内美弥さん」
「は、はい!」

名前を呼ばれると意識せずとも反射的に顔は上がるものだ。

でも真っ直ぐ射貫くような薫先生の視線は受け止めきれるものではなくて視線が泳ぐ。

薫先生はそんな私におかまいなく、質問を投げかけてきた。

「きみは独身か?」
「え?」

唐突な質問に思考が混乱してすぐに答えが出てこない。

でも薫先生は同じことは二度言わない男。

黙って答えを待っているので頷きながら答える。

「独身です」
「書道はいつから?」

間髪入れない質問に即答は出来ない。

頭の中で反芻してから答える。

「6歳からです」
「書道コンクールで文部科学大臣賞を受賞したことは?」
「どうしてそれを」

提出した履歴書には書いていないのに。

驚きで目を見開くとそれが答えだと伝わったようで、薫先生は何度か小さく頷いた。

「同姓同名ということはないのだな」
「えっと」

コンクールの受賞歴がなにに関係あるのだろうか。

思考をフル回転させてみても思い当たる節がないので理由を聞こうと口を開いた瞬間、薫先生の目がまた私を真正面から見据えた。
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