書道家が私の字に惚れました
少しだけ茶色掛かった綺麗な瞳に吸いこまれそうになる。
視線を外したいのに外せない。
呼吸さえ忘れ、耳にはドクドクと速い鼓動音が聞こえる。
「なにこれ」
まるで恋にでも落ちたかのような自身の体の変化に混乱する。
ファンだと公言していてもあくまでファンであり、恋とは違う感覚だと自覚していたから。
そんな自分の変化に耐えきれずパッと視線を露骨に避けた。
でも、さすがに失礼だったかもと、ゆっくり視線を戻すと、薫先生は変わらず私の方を見ていて、視線が交差する。
「あの、あまり見られると、ちょっと」
困るということを、視線を下げることで伝えた。
でも薫先生は視線を外してくれない。
「あの」
もう一度、お願いしてみようと言葉を発した途端、薫先生の声に遮られた。
「慣れてくれ」
「慣れて…って、なぜですか?」
薫先生は前述したように実家に帰って来ることはほとんどなく、今後だっておそらく関わることはないだろうに。
「俺と結婚してほしいからだ」
「………え?」
今、なんて言った?
「結婚?」
そう聞こえたけど、聞き間違いだろうか。
「今、なんておっしゃいましたか?」
耳までおかしくなったのかと思い、聞き直し
てみるものの、薫先生の同じことは言わない主義が発動しているらしく、黙ったまま。
それなら。
「結婚と聞こえましたが……初対面ですよね?」
聞き方を変えてみると案外すんなり答えは返ってきた。
「たしかに初対面だが、結婚相手は一瞬で決まるものだ」
「そんなことないと思います!」
食い気味に否定すると、薫先生の眉がピクッと動いた。
「なぜそう思う?」
「一瞬で人を見抜くなんて出来ないからです」
就職先の面接ならまだしも、結婚相手だ。
「もっと慎重に見極めてから決めるべきかと」
言えた立場ではないけど、一般論として進言するも、薫先生は首を捻った。
「第一印象で大体決まると思うが?」
決まらないはずがないとでも言わんばかりの薫先生の言動に、恋愛経験の乏しい私の持論は怪しくなってきた。
だから思い切って聞いてみることにした。