書道家が私の字に惚れました
「第一印象で決められた過去の恋愛はうまくいくことが多かったですか?」
「恋愛を語れるほど豊富ではないが後悔はない。俺は字を見れば為人が分かるから。きみはそうだな。几帳面で綺麗好きな女性だ。違うか?」
潔癖症に近い感じはあるけど、概ね間違ってはいない。
学生の頃の通知表には必ず『真面目です』と書かれていた。
だからおおよそ間違っていないのだけれども、いきなり結婚はやっぱりおかしい。
「几帳面で綺麗好きな女性ならいくらでもいますよね?」
こんなことわざわざ言うのも変だと思ったけど、初対面で結婚を決めるような風変わりの薫先生になら言っても構わないと思い口にした。
すると薫先生は着物の袂からスマートフォンを取り出し、画面を見せてきた。
身を乗り出し、差し出された画面を覗き込む。
そこには中学生の時に書いた受賞作品が載っていた。
「きみのことを黙って調べたのは申し訳ないと思う。だがこの文部科学大臣賞を受賞したという作品。これは本当に素晴らしい。その才能に嫉妬するくらいだ。今日は臨時講師の力量を見るためだけに来たのに、この書を書いた本人に会うことが出来た」
「私の指導はいかがでしたでしょうか」
話がズレてしまっていたけど、一番気になっていたことを聞くと薫先生は小さく頷いた。
「生徒への指導力。申し分なかった。筆を持つ姿勢も美しく、子供への接し方も優しく丁寧だ。きみはきっと良き指導者、そして良き母になれるだろう」
「良き母?」
あまりに突飛な単語だったので復唱してみたけどピンとこない。
「私は前任の先生が産休の間の代わりに過ぎません。その間は精一杯努めさせていただきますが、まだ母親になる予定はないですし、予行練習的なつもりで来ているわけでもありません」
変なことを言っているな、と思う。
でもそうとしか答えられずに言うも、薫先生はフッと鼻で笑った。
「きみは真面目だな。真面目過ぎて返答がおかしいが、そこも気に入った。俺はきみを産休代理にしておくつもりはない。嫁として共にこの家を守ってほしい。それを前提に付き合ってもらえないか?」
「いや、ですから」
その話はもっとおかしいと言おうとした。
でも薫先生に手で言葉を制されてしまったので続きを黙って待つと、広い部屋に視線を向けて話し始めた。
「この家は代々続く書道一家だ。生まれた時から書に触れている」
「えっと?それが今の話とどう繋がるのですか?」