書道家が私の字に惚れました

薫先生の口が止まったので合いの手を入れると薫先生は私の目を真っ直ぐに見て本音で答えてくれた。

「きみの字に惚れた。心が一瞬で鷲掴みにされた。一目惚れとはこういうことを言うのだ」

書道を極め、その実力を認められている人物に字を誉めれたのだからこれは嬉しいと喜ぶべきなのだろう。

きっかけは何であれ、薫先生に付き合ってほしいと言ってもらえたのだし。

ただ、字に一目惚れってなんなのだろう。

見た目や才能が頭抜けているから凡人の私には理解できないだけなのだろうか。

いや、違う。

きっと変わった方なのだ。

「私では薫先生のお相手は難しいかと」
「いや、問題ない。きみさえ了承してくれたのなら、同じ道を極めた者同士、俺たちはきっとうまくいく。それに父もきみの字に見惚れたのだろう。だからきみをここに寄越した」
「それは違います」

そもそもなぜ私が当教室の講師をしているかというと、私の勤務先は薫先生の父親が名誉顧問として名を連ねる書道メーカーだからだ。

『書道教室の産休代理がなかなか見つからなくて困っている』

という薫先生の父親の豊先生の話を聞きつけた上司が、教員免許と師範の免許を持っている私に目をつけ、豊先生に伝え、豊先生に私の書いた書を判定してもらい、社内公認のダブルワークとなっただけ。

「薫先生の思い過ごしだと思います」

誤解を生んでいるのだとしたら事実をありのまま話した方がいいと伝えてみたものの、薫先生は顔色ひとつ変えない。

それならば、この話にある重大な問題を定義するまでだ。
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