紳士な副社長からの求愛〜初心な彼女が花開く時〜【6/13番外編追加】


「ーー……灯ちゃん。着いたよ?歩ける?」


その心地良い揺れと左側にある温かい体温に安心して、私はいつの間にか和泉さんにもたれて眠ってしまっていたらしい。


優しく鼓膜を撫でる声にゆっくりと目を開けば、思いの外至近距離で和泉さんの焦茶の瞳にぶつかった。ピクニックの日の再来だ。

ピク、と肩が揺れたけれど、アルコールと起き抜けのせいでボーっとする頭では咄嗟に声が出なかった。

コクコクと頷いて和泉さんに続いて降りれば、
千鳥足の私を心配した彼は、タクシーを待たせたまま私を支えてハイツグリーンの階段を一緒に上ってくれる。

私の5センチヒールがゆっくり紡ぐカン、カン、カン、という高めの音と、和泉さんの革靴が紡ぐコツ、コツ、コツ、という低めの音。

それがハイツグリーンの共用廊下に灯る頼りない薄明かりの中、絶妙なハーモニーを奏でていた。


「あ、あの和泉さん、タクシー代を……」


階段を登り終え、201号室の前で肩に掛けていたバッグをゴソゴソすればふらりとよろけてしまい、私を支えてくれる和泉さんの手に力がこもる。


「そんなの気にしないで」

「でも、今日は、というか今日もあんなに美味しい食事をごちそうになってしまって……」

「誘ったのは僕だからね。ここは甘えて?」


小首を傾げてふわりと優しく目尻を下げた和泉さんの顔に、私はどうやら弱いらしい。


その顔に絆されて、結局私は毎回和泉さんに甘えてしまうことになる。

でも珠理ちゃんにも指摘されたように、甘えてばかりいられないのが私の性分で……。



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