紳士な副社長からの求愛〜初心な彼女が花開く時〜【6/13番外編追加】

「ーーははっ。どの口が言ったんだか、本当ーー」


違う男の腕の中にいる灯ちゃんを見ただけでこのザマだ。


優しく放してやることなんて、ましてやその手を他の誰かに託すことなんて、もうとっくに出来なくなっていた。

今日はそれを、まざまざと思い知らされた。


自嘲的な笑みがこぼれ、大きな樹に背を預けたまま天を仰ぎズルズルとしゃがみ込む。


あの時2人の上にあった空は抜けるような青と、一緒に食べたオレンジゼリーのように透き通った橙色。

でも今は、そのどちらでもない深い鈍色(にびいろ)の空が広がっている。

あの時隣にいてくれた彼女も、今はいない。

それなのに、往生際悪く頭上にも隣にもその面影を探してしまう僕は、なんて滑稽なんだろう。

やるせないため息を上に吐き出しながら、片腕で目を覆った。




ーー僕が逃げ出した先。

それは灯ちゃんと初めてデートをした、フラワー テラスの緑地だった。

タクシーの運転手に『近くて申し訳ない』とその場所を告げたのは、ほとんど無意識だった。


2人でピクニックをしたこの場所で、僕は1人、あの日のことを、灯ちゃんを、思い出す。



僕に抱きしめられて真っ赤な顔で慌てていた灯ちゃんに、比呂くんのサンドイッチを美味しそうに頬張っていた灯ちゃん。

本屋でつい本に夢中になってしまった僕に、緑地での読書を子供みたいな無邪気な顔で提案してくれた灯ちゃんに、すっかり飼い主に気を許した子猫のように僕の膝の上で眠っていた灯ちゃん。


『ーーーー…………灯ちゃん、僕のこと、好きになって』


帰りの車の中で、溢れる気持ちが、欲が、そのまま僕の口をついて出てしまった時。


『和泉さんのこと、そういう意味で好きかどうかはまだよく分からないんですけどっ。でも私、和泉さんと2人で過ごす時間はとても好きだなぁと思っています……!』


辿々しくも、真っ直ぐに一生懸命言葉を紡いでくれた灯ちゃん。


どの灯ちゃんも、丸ごと抱きしめてしまいたくなるほどに可愛くて愛おしかったけれど。


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