紳士な副社長からの求愛〜初心な彼女が花開く時〜【6/13番外編追加】
「……あ、りがとう、ございます……」
「ん」
すると目だけで微笑んだ和泉さんが、「ちょっとごめんね」とその内ポケットからハンカチを取り出し、雨で濡れそぼった私の顔や頭を優しく拭いてくれた。
「あ、の、和泉さん、」
「ちょっと待って」
大人しくされるがままになりながらもう一度呼び掛けてみたけれど、今度はそう言って私の手の中にあったメガネをそっと掴み取ると、レンズについた水滴を丁寧に拭いてくれたあと、「はい」とそれを私に掛けてくれる。
そしてクリアになったレンズ越しにかち合った瞳に浮かぶのは、寂しげな微笑。
でもそれが窺えたのはほんの一瞬で、和泉さんはすぐに私からスッと目を逸らして、徐にジャケットのサイドポケットからスマホを取り出し、どこかへ電話を掛け出した。
「あ、朋くん?ごめん、今どこ?……うん。申し訳ないんだけど、今からフラワーテラスまで迎えに来てもらえないかな?……うん。灯ちゃんも一緒で、2人とも雨でびしょ濡れだからさすがにタクシーは使えなくて。……ん、出来れば瀬戸家の方で。ごめんね、お願いします」
そして通話を終えると、私に言った。
「灯ちゃん。いくら夏とはいえこのままだと風邪引いちゃうから、ひとまず今から僕の秘書に迎えに来てもらう」
「えっ⁉︎」
「それで、落ち着いたらちゃんと灯ちゃんの話を聞くから。だからそれまでは、今は、ちょっと待って欲しい」
……和泉さんが、おそらく意図的に私を遮っているだろうことには気づいていた。
その理由を、今の言葉で察してしまう。
ーーもしかして私がここまで追いかけて来たのは、和泉さんとの関係を終わりにするためだと思ってる……?樹くんとのことを誤解して……?
だから決定的な言葉を告げられるのを先延ばしに……。
さっきまでの勢いはまるでオーブンの中で膨らみ損ねたシュークリーム生地のようにプシューと萎んでいたけれど、反対に、静かに沸々と込み上げて来る和泉さんへの想いで私の胸ははち切れそうだった。
ーーああ、こんな時に、こんな風に思うのは不謹慎かもしれない。
だけど、14歳も年上でいつもどんな時でも常に大人で余裕のある和泉さんが、目の端をちょっと赤くしてそんな小さな抵抗をしているのが、どうしようもなく可愛くて愛おしくて。
私は堪らずにぎゅ、と和泉さんを抱きしめた。