極秘懐妊だったのに、一途なドクターの純愛から逃げられません
「すみません」
完全に釈迦に説法だった。

「いいんです、今はただの妊婦だから」

そう言った時の顔が、なんだか寂しそう。
どうやら何か訳ありらしい。

カランカラン。

「いらっしゃいませ」

ん?
また旅行客。
でも、今度は男性だ。

ズカズカと女性客に近づく男性。
見た感じ30代後半。とっても奇麗で、整った顔をしている。

「捜索願が出ているぞ」
ショートカットの女性に向けて、男性が投げかけた言葉。

どうやら知り合いらしい。
女性の方は返事もせずにただ下を向いた。

「昨日の夜からお前と連絡がつかないって、すごく心配しているぞ。こういうやり方はお前らしくないだろ」
きっと何か事情があるんだろうけれど、男性の方はかなり怒っているみたい。

「ねえやめて、今一番辛いのは西村先生なんだから」
若い方の女性が、遮るように男性の前に立った。

「辛いなら辛いってなぜ言わない。夫婦なんだぞ」
「それは・・・」

確かにそれは正論。でも、夫婦だからこそ言えないこともある。

「子供はお前ひとりのものか?大河さんが父親なんだぞ」
「わかっているけれど・・・」

お腹に命を抱える母親は自分の責任のように感じてしまうから。

嫌だ、私が泣きそう。
男性客の言葉が心に刺さりすぎて怯んだその時、

「あの、妊婦さんにその言い方はないんじゃありませんか?」
「え、泉美」
いきなり立ち上がって男性を睨みつけた泉美を止めようとしたけれど、ダメだった。
< 187 / 199 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop