ある日、マンガ家が落ちていて
「じゃあ。大杉さんが、いいな、と思ったものを、片っ端から買いましょうか」
 あゆみは、目を丸くした。
「ええ!ダ、ダメです、そんなこと!」
 突然の笹岡の提案に、声を大きくしてしまう。
「あったかい部屋と美味しいご飯を提供してくれた御礼ですよ。僕、マンガしか描けませんけど、自由になるお金は割とあるんです」
 そりゃあ、マンガが数百万部も売れていればそうだろう。しかし、かと言って図々しく買ってもらっていいものか。
「で、でも…私、ほんとに大したことしてませんし…」
「大杉さん、これは僕の気まぐれな無駄遣いじゃないんです。お仕事のお話を伺って、大杉さんは自分の感覚にリミッターをかけてるように思えました。この分野はダメ、と思いこんでいるような。だから、ここで自由に買い物をしてもらって、そのリミッターを外して欲しいんです」
「リミッター…」
 確かに、そうかもしれなかった。あゆみは、セレブの買い物に憧れたことがなかった。そんなにお洒落にお金をつぎこむのなら、自分は食費やお酒に遣うけどなあ、と思っていた。だからデパートの正社員として、最低限小奇麗にしておけばいい、と割り切っていた。
 でも…お金が制限なく遣えて、ゴージャスな格好していいと自分にGOサインを出すことができたら…?
 そう、うっすら考えた瞬間、視界が変わった気がした。
 ふっと目に入ったのは、青みがかったピンクのシャツワンピースだった。
「この色…すごく綺麗」
 ワンピースを着たマネキンに近寄り、手でそっと生地に触れる。
「うん。大杉さんは、肌が白いから、そういう色味のピンクが似合うと思いますよ」
「そうでしょうか…」
「僕、カラーイラストを描くから、パーソナルカラーも勉強したんです。ルナの友達のミキは、日にやけた肌色だから、鮮やかな黄色が似合うとか、ね。だから、自信を持って太鼓判、押せます」
 あゆみは目を丸くした。絵が上手なマンガ家なんて、色使いのセンスもいいのだろうと勝手に思いこんでいた。色んなことに対して、準備したり、勉強したりしている。どんな仕事も簡単なものなんて、ないのだ。あゆみは、よし、と頷いた。
「試着、してみます」
 立派なフィッティングルームに入り込み、あゆみは着替えた。
「ど、どうでしょう」
 おそるおそる、あゆみは、着替えた姿を笹岡に見せた。
「うん、いいですね。似合ってる」
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