ある日、マンガ家が落ちていて
「このフロアの上も婦人服ですが、ちょっと客層の年齢が上になるんです。そのご婦人にあうものを、選んでみては?」
 あゆみは、こくりと頷いた。夕方、すっかり落ち込んでいたけれど、今の自分はこれまでと違うチョイスができそうな予感があった。
 早速エレベーターで上の階に行き、ショップを何軒か見て回った。あゆみの頭の中には蜂谷婦人の顔があった。すらりとした肢体も。イメージしながら、服を見ていく。
 すると、あっ、と思った一枚があった。
「これ…蜂谷婦人のイメージ…」
 あゆみが立ち止まった先のマネキンは、薄いペパーミントグリーンのセットアップを着ていた。
「ああ、いいですね。爽やかで、でも落ち着きもある」
「明るい色味で、でもケバくなくて、品がある。こういうのを、お勧めすればよかった…!」
「答えが、出ましたね」
 笹岡がにっこりと笑った。
「はい。私、ちょっとやる気が出てきました。悪い方の思い込みが、取れた気がします」
「よかった」
「でも、笹岡さん、何で婦人服売り場に詳しいんですか?」
 自分の買い物だけしていたら、婦人服売り場には用がないはずだ。
「マリカ奥さん、というキャラがいて。お金持ちのご婦人なんでね。どんな服を着せたらいいかわからなくて、ここのショップに足を運んだことがあったんです。何が役に立つかわかりませんね」
「ああ、それで…!確かに、マリカ奥さんは、素敵なゴージャスな服着てますよね。ちゃんと取材されるんですね、すごいなあ。あ、それともう一つ。どうして東条デパートではなくて、西丸デパートだったんですか?」
 あゆみの家からだったら東条デパートが近い。それに、やはり東条デパートの正社員であるあゆみとしては、他のデパートよりも自分の勤めるデパートで買い物してほしい気持ちがある。東条デパートにはない、西丸デパートの魅力があるのだろうか。
「大杉さんが、普段勤めている場所だとリミッターがなかなか外れないんじゃないかと思って。リラックスして、いつもと違う空気を味わって、買い物してほしかったんです」
 なるほど、とあゆみは思った。確かに東条デパートで買い物をしていたら、知り合いに出くわしたりと落ち着かなかっただろう。仕事と地続きな分、リセットできなかったかもしれない。
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