ある日、マンガ家が落ちていて
 ふと、売り場にある鏡に自分の姿が写りこんでいた。店員のすすめで、よく似合っているから、とピンクのシャツワンピースを着ていた。鏡の中の自分を見ると、いつもキリキリと仕事をしている自分とは違う趣があった。
 そんな気はなかったけど…意外とイメチェンしちゃったかな。
 ちょっとだけ、口元が緩んでしまった。お洒落して、何となく足元が軽い。ふわふわした気分だ。
 自分にこんな女性的な部分がまだあったんだ、と思わぬ発見をした気になった。
「大杉さん、これからバーで飲みませんか」
「え」
 不意に笹岡に誘われて、はっとした。にやにやしてたのを見られてしまっただろうか。本当のところ、このまま自分の部屋に帰るのは、もったいないなあ、と思っていた。お洒落した分、どこか…いつもは行かないようなところに行ってみたい。
 そんな気持はあった。あゆみは笹岡の顔をそっと仰ぎ見ながら言った。
「あの…笹岡先生さえよければ、行ってみたい、です」
 ものすごく甘えたことを言っているような気がして、気恥ずかしい。図々しくないだろうか。つい、気にしてしまう。
「じゃあ、そうしましょう。ええと、いつも僕の行くところはダメだから…」
 店を探そうとする笹岡に、あゆみは、はっとした。
「それ。その居所がバレたらダメってどうしてなんですか?先生、どんなピンチにあってるんですか?」
 ずっと聞いてみたかったのだ。思わず笹岡に詰め寄る形になる。
「まあ、それはおいおい…飲みながら話しますよ」
 あゆみは、頭をめぐらした。笹岡が行きそうにない店と言えば…。
「笹岡さん、しっとりしたお店じゃないんですけど、お酒なら飲めます。そこでもいいですか?」
「ええ…有名どころじゃなかったら大丈夫です」
「じゃ、ついて来てください」
 西丸デパートのエントランスで、あゆみはワンピースの上にコートを羽織った。
 地下鉄を使って、笹岡を案内した店は、眩しいくらい灯りが明るかった。『プリンセスカフェ』と看板にある。ドアを押して中に入ると、レースがふんだんに使われた内装で、壁は白とピンクの市松模様だった。
「女子会のシメに使う店なんです。美味しいケーキとパフェがメインですけど、ちゃんとカクテルも揃っていてお酒も飲めます。ここなら笹岡さんが来るとは思われないんじゃないかと」
「た、確かに…」
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