ある日、マンガ家が落ちていて
 ビールの小瓶を渡すと、笹岡は受け取った。あゆみも同じビールを手にして、笹岡の向かいの席に座る。炬燵が暖かい。
 ビールを、グラスにつぐと、美しい黄金色があらわれ、真っ白な泡を立てる。あゆみはぐっと一息でグラスをカラにした。
「実は、ですね。私、ビールとおつまみのセットを2000個売ったことがあるんです」
「2000個!それ、すごい量じゃないですか」
 笹岡が口を開けて驚いてくれる。
「はい…おつまみは二か月かけて試作品作りに取り組んだサーモンジャーキーでした。カナダビールが予想よりも売れなくて在庫処分を命じられて。何とかおつまみで売ろうっていう苦肉の策でした。そしたら、思いがけずサーモンジャーキーの方が凄く美味しくできてしまって。運もよかったんです。店頭に並べ始めた頃に、たまたま買ってくださったお客様がインフルエンサーで、そのセットをインスタにあげてくれて。あっという間に拡散されて、連日完売。結果的にはカナダビールの美味しさを伝えることになって、在庫過多だった他のカナダビールも売れていったんです」
「すごい。大ヒットじゃないですか」
「はい…社長賞もいただきまして。…嬉しかったです。好きな仕事で結果を出すってこんなに嬉しいんだなって、改めて思いました。一度お客様がついたんで、その後、どんなフェアをやっても大体当たるようになって。企画もどんどん出しました。あんなことしたい、こんなこと試したい、ってやる気が漲って…熱中してました」
 笹岡は、黙って話しを聞いてくれている。あゆみはビールをさらに飲んで、続けた。
「これからもどんどん行くぞ!ってところで。辞令が出たんです」
「えっ」
「そう。今の…外商部の営業に、異動になりました。外商部でもガツンと売り上げをあげてくれよ、栄転だぞ、って上司には言われました。期待されてるのはわかるんですが…私、ハイブランドなんて全然、興味がなくて」
 あゆみは膝の上の手をぎゅっと握り締めた。
「今度のおつまみは何にしようかな、って四六時中考えてた人間がですよ、どうひねったらセレブマダムのコーディネートを考えつく、っていう方向になるんですか!私、食べるのも飲むのも大好きですが、服はファストファッションでいいやっていう人間なんです~!」
< 9 / 28 >

この作品をシェア

pagetop