王室御用達の靴屋は彼女の足元にひざまづく
「陽菜って呼んでください!」

 ふ、と檜山が表情を和らげる。

「元気がいいな。入れ」

 生き生きしはじめた陽菜と入れ替わりに、晴恵はしなびた野菜のようになった。
 陽菜はずっと喋り、あいまに檜山が相槌をうつ。
 時折彼の指が陽菜の足に触れるらしく、妹が嬉しそうな声をあげる。

 二人の会話の内容が入ってこない。
 何度かあいづちを求められたが、段々と晴恵は息苦しくなった。
『触れあわないで!』と何度言いたくなったかわからない。
 だが部外者は晴恵のほうだった。
 自分はいらない。この場にいてはいけない。
 帰ろう。
 まだ、時間がかかるようならフリッツに妹を迎えにきてもらえばいい。

 我慢の限界がきて腰をあげかけたとき、計測し終えたらしい。

「送ってく」

 檜山は立ち上がり、エプロンを外した。

「え? お姉ちゃん、まだ大丈夫よね?」

 陽菜が甘えるように晴恵を見る。
 妹にいつもは微笑みを向けるのだが、この時の自分は氷のように冷たい表情をしているのだろうと思った。

「ダメよ! 檜山さんのお時間をだいぶ頂いているわ」
「えー……、だってこれが檜山さんの仕事じゃない」
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