王室御用達の靴屋は彼女の足元にひざまづく
 耳に染み込んでくる声が小さい。

 どっどっど、と聴こえてくる鼓動がうるさい。しかも二重に聞こえる。
 もしかして檜山も脈拍が早くなっているのだろうか。
 ときめいたのも束の間。

「……最初の頃日参してたのは、俺にオーダーを通す為か。来なくなったのは、俺が単なる靴の職人だからか。出来上がった妹の靴を受け取ればそれまでってことか」

 ゾッとするような冷たい声だった。

 慌てて見れば、檜山はやつれていて目の下にはひどい隈だった。
 男の双眸だけがギラついていた。

「違う!」

 晴恵の声が悲鳴のようだった。

「最初はそうだった。でも、通い続けたのは檜山の傍で靴を作る作業が見たかったの!」

 二度と会えなくなるにしろ、この人に勘違いされたままは嫌だ。訂正しなければ。 

「来るの控えてたのは、檜山さんの邪魔になると思ったから!」

 必死に言い募ると、檜山が告げてきた。

「晴恵を邪魔に思ったことなんてない。……アンタが最初に来たときしか」

 律儀に言い直す檜山が可愛くて、晴恵はついふふ、と笑った。
 聞こえたのだろう、頭をさらに強く抱え込まれる。

「俺を惚れさせた責任を取れ」



 時が止まった。
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