絶対に愛さないと決めた俺様外科医の子を授かりました
 芽衣は顔を出さなかった。彼女の心境を考えれば、挨拶できる余裕なんてなかったことだろう。
(連絡先も交換できなかったな……)
 ママ友になりたいと言ってくれたのに。
 日々、分娩室に運ばれていく妊婦。遠くの方で聞こえる声を聴きながら、美澄は点滴が落ちていくのをぼんやりと眺めていた。
 そんなある日、カーテンがいきなりしゃっと開けられた。入ってきたのは透夜だった。彼が直接病室を訪れるのは二度目だ。
「美澄、大丈夫か。看護師から、おまえが落ち込んでるようだって聞いた」
 透夜がやさしく慰めるように声をかけてくる。
「わざわざ心配してきてくれたんですね。先生だって忙しいのに」
 愛想笑いをする美澄に気付いたのか、透夜は無表情のままカーテンを閉め直し、ベッド脇の椅子に座った。まるで診察するかのように。
「不安があれば言えばいい。医者や看護師に言えないことも、俺には言ってほしい」
「先生だってお医者さんじゃないですか」
「俺は、医者である前に、ひとりの男だ。おまえにとって、たったひとりの夫だろ」
 医者の顔から旦那様の顔になる。そんな透夜のやわらかな空気を感じて、美澄は喉のあたりに詰まって流しきれない感情をゆっくり解いていった。
「透夜さん、あのね」
「うん。なんでも聞いてやる。ゆっくりでいいからな」
 泣きそうになるのを見られたくなくて、美澄は堪えていたのだが、やはり透夜を前にすると何も隠せないみたいだ。
「急に、怖くなって」
「うん」
「この間までがんばるって言ってた彼女が……あ、赤ちゃんダメになって……私、何も声をかけてあげられなかった」
「……うん」
「それに、私も、もし赤ちゃんに何かあったらどうしようとか、考えて……そしたら、不安でいっぱいになって……それで」
「ああ」
 透夜はすぐ側にきて美澄を抱きしめ、彼女の背中をさすった。その手があたたかくて、美澄の目からはまたたくまに涙があふれていく。ぽろりと、頬を伝っていった涙が、透夜の白衣を濡らした。
「不安になるのも当たりまえだ。我慢はしなくていい」
 透夜は多くの言葉を告げない。けれど、ただそれだけでよかった。
 ただ聞いてくれて、彼の手がやさしくさすってくれることで、美澄の中で大きく膨れていた冷たい氷の塊のような不安が瓦解していく。やがて彼の胸でわんわんと泣いて、すべて流れていった。
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