絶対に愛さないと決めた俺様外科医の子を授かりました
「カルテねぇ。診察でもそんなに聞かないぞ」
 と、透夜が呆れるくらい、美澄はたくさんメモをして確認した。こっちにしてみれば診察と同じくらい大事なことなのだ。
「お試し期間は、相手を知るために一、二週間に一回くらいはデートする、とか?」
「場合によっては必ずとは言えないこともあるが、善処する」
「最後の砦はこれですね……」
 一枚の婚姻届。お互いに印鑑を側においてから、美澄はごくりと生唾を飲んだ。
 今すぐに本当に出すわけではない。決意表明のための儀式のようなものだ。そうだとしても、いざ目の前で見てしまえば、緊張しないわけがない。
 透夜はそれこそカルテにでも記載するかのように、さらさらとペンを走らせた。
「ん、おまえの番だぞ」
「は、はい」
 しかし美澄は緊張のあまり失敗してしまい、何度か書き直しをすることになった。それが三枚目まで続いたので、最初に美澄が書いてから、透夜が次に書くことになったのだが。
「おまえ、わざとやってないか?」
 透夜に白い目を向けられる。
「違いますよ。あっさり書ける人の方がどうかしてますってば」
 美澄がようやく間違えずに記載を終えると、美澄よりも先に、「やっとか……」と透夜がため息をつく。それも仕方ないことだ。かれこれ十枚は無駄にしているのだから。
「形式上のことなんだ、気を楽にすればいいものを」
 呆れたように言われたが、むしろそれだけの枚数を予備にもってきた彼の意気込みの方に、美澄は気圧されてしまう。
(絶対に逃さないという覚悟を感じるというか……)
 そこまで執着される覚えはないのだが、だからこそ自惚れてしまいそうにもなるというもので、気を抜かないように身を引き締めた。
 そうして婚姻届にそれぞれ自署したあと、金銭に関わることについては別途、誓約書を作成して捺印。婚姻届と誓約書の二通は金庫に厳重に保管することになった。
「これで、俺とおまえは夫婦になったわけだ」
「はい。そうですね」
 紙切れ一枚。けれど、役所に提出されたら、その時点で婚姻が成立してしまうのだ。今は厳重なる金庫の中に仕舞われているけれど、いつか開く日が来ることはあるのだろうか。
 とりあえず、現状は偽装でしかないとはいえ、契約上は事実婚。
 これから彼との結婚生活がはじまるのだ――。
(彼は私の夫で、私は彼の妻……)
 その言葉を美澄は反芻する。
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