ライム〜あの日の先へ
送迎用の駐車場から車がやって来る。有名な高級外国メーカーのエンブレムもまぶしい白い車だ。
ハルトの父だろうか。運転席からスーツ姿の男性が降りてくるのが見えた。


ハルトの母が手際よくハルトをチャイルドシートに乗せている間に、鈴子は荷物をまとめる。

鈴子は、咳こみながら肩で苦しげに息をする凛を抱きあげた。
自分の荷物と凛の荷物を持つと、車のドアも開けられないほどその手はいっぱいになる。

「お荷物、持ちますよ」
「あ、すみません」

男性が鈴子の荷物を持とうと手を差し出してくれた。


その声。
そして、わずかに触れた指先。
鈴子の視界に不意に写った整った横顔。

鈴子は一瞬、時が止まったかと思った。

記憶の奥底に押し込めた、愛おしくて切ない記憶。
人生でたった一度。本気で愛した人。
もう、二度と会うこともないはずの人の記憶が一気に駆け巡る。

怖くて正面から顔は見れない。それでも確信はある。

鼓動が跳ね上がる。痛いくらいに脈を打ち、全身がカッと熱くなった。

「先生、乗ってください」

ハルトの母にうながされ、鈴子はハッと我に返ると動揺を必死に抑えて車の後部座席、チャイルドシートの隣に座る。

鈴子が凛とともに乗り込むと、ハルトの母は運転席に乗った男性に言った。

「急いで光英大学病院に行って」
「わかった」

車が発進した。

鈴子は凛をの背中をさすりながら、顔を伏せる。
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