ライム〜あの日の先へ
夢にまで見ていた零次からのプロポーズだ。


鈴子はハンドルを握る零次の左手を、運転の邪魔にならないようそっと指先でふれる。

ロサンゼルスでドライブをしたことを思い出す。
あの時、わずかな瞬間さえ離れていたくないほどに愛おしくて切なかった心は今、妙に冷めていた。


確かにここに零次がいる。
でもあの時とは違う。
ただ零次が好きだという衝動だけで彼のもとに飛び込んでいけたあの時とは違う。
零次は大企業の社長で多くの従業員の人生を背負って生きている。もし、鈴子が彼のそばにいたら、今日のように母の起こした事件をほじくり返して零次の足元をすくおうとする人も現れるかもしれない。彼の足かせになってしまう。

やっぱり無理だ。あの日の先へなんて進めやしない。

鈴子は零次に触れていた指を離そうとした。だが、それより早く零次は親指だけをハンドルにかけたまま、残りの指を鈴子の右手に絡めた。

そして。
信号が赤になって車が止まった瞬間、その手が鈴子を引き寄せたと思うと、唇が重なった。

触れた唇の温かさ。ふわりと香る零次のにおい。

何もかも忘れられていなかった。

信号が青に変わる。
零次は唇を離して車を発信させる。だが、左手は鈴子の手を握ったままだ。

< 218 / 231 >

この作品をシェア

pagetop