社長っ、このタクシーは譲れませんっ!
「もしかして、猫ですか?」

「そうなんですよ」
と身を乗り出し、将臣が言う。

「いや、散歩の話が出ないから、犬じゃなくて、猫かなって」

 当たって嬉しいのか、笑顔で運転手さんが言う。

 千景の頭の中で、将臣の愛人たちが一斉に猫耳をつけた。

 やがて、変化(へんげ)が解けるみたいに、みんなホンモノの愛らしい猫になる。

 ふかふかのグレーの猫や、クールな白猫。
 赤い首輪をつけた三毛猫などが将臣の足元に群がった。

 ごはんや抱っこをねだって、将臣の脚を駆け上がろうとする。

 撫でたいっ! と妄想の中の猫たちを見つめる千景に将臣が言った。

「以前、母の家に猫の世話をしに行って、泊まったりすると言ったら。

 母親のペットの世話まで甲斐甲斐(かいがい)しくしてるとかマザコンかと言われたことがあって。

 俺は猫たちのために行ってるだけなんだが。

 お前に話半分に聞かれて、『甲斐甲斐しく母親に尽くすマザコン』みたいな噂が流れたらやだなと思って。

 だから、この話をするときは、最後までちゃんと聞けよと言ったんだ」

「なんだ、そうだったんですか」

 ホッと笑った千景は、
「じゃあ、私とのタクシー通勤の噂の方がよほどヤバイですね」
と言った。
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