今宵、幾億の星の下で
拓馬はそっと手で玲の前髪を動かすと、静かに涙を流す瞳に口づけをした。


「もう、離婚する意思を本人にも弁護士にも伝えてある。玲と会う前から、おれたちは破綻していたんだ」


驚いたことに、結婚してからベッドを共にしたことがないという。


「嘘でしょ、そんな……」
「驚くだろう?真梨奈……妻の親父さんに、まだ早いと云われてね。結婚はさせるが手は付けるなと釘を刺された」


当時恋人もおらず、拓馬の権力目当てに近寄ってくる人間を遠ざけるには、結婚してしまうことが一番の選択に思えた。

それに一緒に暮らしていけば情は芽生え、変えることはできるだろうと……。


「だがそれは間違いだった。玲と巡り会うことを知っていたら、結婚はしなかった」


真摯で優しい瞳が玲を見つめている。


「……『フェレース・スコンベル』のお守りをさせるために、口説いてるんじゃないよね?出会った頃にも云ったけれど、あなたは悪い人だから」


濡れた瞳のまま玲が笑うと、拓馬もいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「ああ、それもいいな。何しろあの宝石は、今まで身につけることができる人間が、いなかったからな」


懐いているように見えた市毛女史にさえ一線を置き、孤独だった宝石。


ひとしきり話しを終えた拓馬は表情を改めた。


「これから何があっても、おれを信じてくれ。説得力はないかもしれないが。必ず、玲の元へ行く」


玲は腕を伸ばすと拓馬の首に絡めた。


「変わった人ね。年上のわたしの何がいいの」
「君こそ、おれの何がいいんだ。勝手で強引な年下男だぞ」
「そこが好きなんじゃない」
「奇遇だな。おれもだ」


二人は笑い合うと、お互いを見つめ、どちらともなく唇を重ねた。

今夜は星の姿はなく、虫の声だけが闇に響き渡っている。


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