今宵、幾億の星の下で

拓馬は妻、真梨奈のいる自宅マンションには戻らなくなっていた。
仕事場から近いマンションを新たに契約し、そこから出勤している。


事実上の別居だ。


「お金なくなっちゃった。パパにおこづかいもらおっと」


ゲームイベントの帰りの送迎車のなかである。

テーブルの上には課金請求書、数々の書類。
そして拓馬の記入済みの離婚届けが置かれてあった。
生活費もすべて拓馬が負担しているが、今回はそれだけでは足りない。

彼女が連絡を取ったのは父親だった。

いつでも愛する娘の味方。
そうであったはずなのに、今回は違った。

「真梨奈。金は涌きでるものじゃない。拓馬くんから、通帳と請求書をみせられた。おまえもいい年齢だ、色々と考えていかないと───」


苦言を呈する父親との通話を、途中で切ってしまった。


「なにそれ。もういい」


ぶつぶつと不機嫌なまま腕組をする。


「運転手さん。私は知ってるんです。夫の拓馬が浮気してること。でも、お互いが干渉しない結婚だと思っていたから、目を瞑っていました」

送迎中、悩みを吐露するようになっていた真梨奈は今日も話しかけた。
ハンドルを握ったまま、運転手をしている航大は口元に笑みを浮かべる。

「奥さまのような方を裏切るなんて、信じられませんね」

航大の瞳は病んでいて、どこか追い詰められた獣のようにギラついている。
しかし真梨奈には、それを見破ることはできなかった。

「僕がこらしめましょうか?」
「どうやって?」
「それは……」

最初は驚き訊いていた真梨奈だが、最後は笑顔で頷く。

「それ、いいですね。お願いします、運転手さん」
「かしこりました。ですが、奥さま。奥さまも色々と手続きをしなくてはなりませんからね」


二人ともに笑顔だが、どこか狂気じみている。
小さな亀裂が大きなクレバスとなり、どす黒い障気を吹き出している。
すべてを飲み込もうとしていた。
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