神殺しのクロノスタシスⅣ
「イーニシュフェルト魔導学院ですって?何をしに…」

と、エヴェリナ母がつっけんどんに言おうとしたが。

「いやはや先日は、うちの頑固ジジィ、いえ、学院長が失礼をしました」

ナジュはエヴェリナ母の言葉を遮って、深々と頭を下げた。

…今お前、シルナのことを頑固ジジィ呼ばわりした?

シルナ泣いてるぞ。

「あなた、それは…」

また、エヴェリナ母が何か言おうとしたが。

「全く、如何せんうちの学院長は、我々教員達も手を焼くほどに、頑固で、古めかしい考え方をしてましてね。先日は、お宅の事情も顧みずに、一方的に押しかけてしまって、大変申し訳なかったです」

ナジュはエヴェリナ母に何も喋らせず、続けざまにそう言って。

また、大袈裟なまでに頭を下げた。

一方的に押しかけてるのは、シルナじゃなくてナジュのように見えるのだが。

しかし。

「本当に済みませんね。いや、常日頃、我らの学院長の身勝手さには、辟易してるんですよ。全く、先日はさぞや不快な思いをされたことでしょう?僕達も困ってるんですよ。誠に申し訳なく…」

ナジュの、怒涛のような謝罪の連鎖に。

「えぇと…はぁ…はい…」

エヴェリナ母は戸惑いながらも、しかし昨日のように、唾を飛ばして逆ギレすることはなかった。

「あのような学院長で、恥ずかしいばかりです。ねぇ、羽久さん。あなたもそう思いますよね?」

ナジュは、同意を求めてこちらを見た。

顔は、いかにも辟易している、といった表情だったが。

その目は、真剣そのものだった。

そのとき俺は、ナジュの狙いが分かった。

「そ、そうだな。先日はそちらの事情も考えず、勝手に押しかけて、本当に申し訳なかったです」

俺は、ナジュに合わせるようにして言った。

「先日失礼なことをしてしまったので、今日はまた改めて、学院長に代わりまして、伺った次第です。どうぞ、話し合いの場を持たせて頂けませんか?」

ナジュはまたしてもあの、人を騙す笑顔を浮かべて言った。

これはナジュの戦術である。

まず、シルナを敢えて悪者にして、槍玉に上げ。

「あくまでも悪いのはシルナ」だったことにして、自分は関係ないみたいな顔をし。

とにかく、しこたま謝る。

相手に反論する余地を与えず、謝り倒す。

人間、めちゃくちゃ謝ってきてる相手には、大きく出られないものである。

実際エヴェリナ母も、あまりに謝られまくって、怒るどころか戸惑っている。

そこに、ナジュがとどめを入れた。

「今日は、奥様がお望みだった退学届の記入用紙を持参してきました。どうか、中でお話させて頂けませんか?」

「…!」

エヴェリナ母が、表情を変えた。

出た、ナジュの切り札。

可能な限り第一印象を良く見せた後、餌をチラつかせる。

そして。

「…どうぞ」

エヴェリナ母の、鉄壁の要塞が崩れた。

「ありがとうございます。では、お邪魔しますね」

こうして、俺とナジュは。

ようやく、オーネラント宅の敷居を跨ぐことに成功したのだった。
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