もふもふ、はじめました。

笑顔

 ガタンガタンと、規則正しい電車の音がする。

 あの後。私は何も言わずに。近くにあった自分の通勤用のバッグだけ持ってあの広い部屋から飛び出して来てしまった。

 吉住課長の慌てて止める声も聞こえた気がするけど、走って走って振り切った。

 廊下を抜けて、すぐのエレベーターもすぐに乗れたのも幸いした。

 頭の中はぐちゃぐちゃで、涙は止まらなくて。

 それなりに混んでいる電車でも、遠巻きにされていた。

 真由さんが言ったことだけが、真実だとは私も思っていない。

 でも、そういう気持ちのある人を自分の部屋に長期滞在させて、私の部屋に来ていない時には一緒に過ごしていたと思うと、どうしても心が拒否反応をする。

 自分の最寄駅に着いて、電車を降りると改札を通り抜ける。その時、後ろから走る音と共に私を嬉しそうに呼ぶ声が聞こえた。

「如月さん!」

 振り向いて泣いている私を見て、彼の可愛い笑顔が一気に曇っていく。

 岸くんは私の傍まで来ると、高い背を折るようにして私の顔を覗き込んだ。

「……どうしたんですか……?」

 彼はとにかく、と言って私を道路の脇まで引っ張ってくれた。

「あの。ご、ごめん。涙が止まらなくて……」
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