もふもふ、はじめました。
 嫌味なくらい綺麗な顔。均整のとれた体付きで、背は高くて見上げるほどだ。もう三十近いと思うのに、未だ年若いアイドルのような可愛さをも感じるのは彼の種族の特徴である大きな目と尖った顎がそう見せるのかもしれない。

「あ、あの……何かご用でしょうか?」

 彼は給湯室の出入り口の引き戸をカランと音をさせて閉じると、そこに背中をつけた。ここからは逃がさない、という彼の意志を感じる。

「なんで逃げた?」

 あ、やっぱりあの獣化していた大きな黒猫って吉住課長だったんだ。
 私はなんとも言えない緊張からこくんと喉を鳴らした。

「えっと……その、あの日起きてから事態がよく飲み込めなくて、それで、その」

「泥酔しきって自分の住所も言えなくなった君を保護した恩人にする仕打ちじゃないな」

 その黒い三角のお耳はピーンとして、大きな目も剣呑な光を含ませている。

「ごめんなさい……」

 しゅんとして素直に謝る。確かに何も覚えてなくて状況は飲み込めないと言えど、それは置いて帰られても仕方ない状況だ。彼を起こして礼はするべきだっただろう。

「……もう大丈夫なのか?」
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