もふもふ、はじめました。

取引

 約束の金曜日は、雨になった。

 私と岸くんは、並んで傘を差して歩いていた。

 降る雨で視界が歪んで見える程で、傘を差していてもコートの袖が濡れて不愉快な感覚に、少し眉が寄る。

「凄い雨ですね」

 すぐ隣に居る岸くんの声も、ともすれば聞こえなくなりそう。

「うん。まさかこんなお天気になると思わなかった。あ、あのお店だね。行こう」

 私は指差した方向を見て、岸くんは頷いた。

 ガラッと引き戸を開けて入ると、店員さんに予約の名前を告げ、奥の個室へと案内してもらう。

「よう。千世」

「……日向さん。この度はご足労頂き、ありがとうございました」

 未だ親しげに声をかけてくる葵を、わざと苗字を呼んで慇懃に挨拶をした。私がここに居るのはこの前別れた元彼に会いに来たんではなくて、仕事上の関係に私情を挟んで欲しくないと、はっきり伝えるためだ。

「どうも。岸さん」

「日向さん。今日は、来て頂きありがとうございました」

 二人でお辞儀をすると、上座に座っている葵はわざとらしく溜め息をついて席を勧めた。

「何を飲む?」

「……生中でお願いします」

「僕もそれで」

 注文を待っていてくれた店員さんに飲み物を頼むと、正面に座る葵に改めて向き直る。なんだか、面白そうな顔で緊張している私達二人を見ていた。
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