もふもふ、はじめました。

算段(side吉住)

 からんと音をさせて、いつものバーの扉を開けた。

 そこは居心地がよく同期会でも使われることもあって、マスターとも名前と顔を覚えてもらう程度には常連になっている。

 初老のマスターが微笑むとビリヤード台の隣にある奥のテーブル席に顔を向けた。

 そこには高いスツールから足を投げ出すようにして、こちらを見ている長身の男が居た。

「……枝野?」

「吉住、来たか」

 爽やか営業マンを地で行くような同期の枝野智博が、今まで見たこともない程表情を無くしてしまっている。

 笑顔がデフォルトの枝野じゃないなと、会ってすぐにそう思った。

 わざとらしいほどのいつもの笑顔が全くない。射抜くようなその目に、自分が敵意を持たれているわけではないとわかっていても、背筋が寒くなるような気がした。

 千世の家に向かう車の中で、掛かって来た電話は枝野からだった。

 千世からだと思ってそのまま出たら、僕にも関わる重要な話だと告げられ、このバーに呼び出された。

 隣には……奴の下で仕事をしている岸が突っ伏して寝ているようだ。ついさっきまで泣いていたのか、涙の匂いがする。

 僕はテーブル席の、枝野の真向かいの席に腰掛けた。
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