家出少女と恋愛小説家
 志保美は佐伯の2、3歩後ろをついて歩く。ボサボサ頭で無精ひげを生やし、甚平を羽織って下駄を履いた売れっ子小説家。さらに志保美の大きなリュックを背負っている。なんだかおかしくなって佐伯に気づかれないように小さく笑った。

 駅に着き路線図を確認すると、どうやら自分の家の最寄り駅から5駅先のところまで来ていたらしいことが分かった。結構な距離を歩いてきたものだ。

 駅のホームで電車を待っていると、志保美が口を開いた。

「私、もう1つ夢ができました」

「何?」

「佐伯さんの小説の実写化作品の主演を張ることです」

「ふうん。実写化させようと思ってできるもんでもないけどな。まあ、俺も頑張らないとな」

「さっき読んでいた小説、とっても素敵でしたけど実写化はされてないんですね」

「なんでもかんでも実写化されるわけないだろ」

「留学でアメリカへ旅立つ彼女を成田空港で見送るシーン。4年後、必ず戻ってくるから待っててねと別れの言葉を口にする彼女。ひしと抱き合うふたり。そして別れのキス」

 志保美は自分の身体を両腕で抱き、唇を突き出した。

「恥ずかしいからやめてくれ」

「ああ、もう電車来ちゃう。ねえ佐伯さん、そのシーン再現してみたいです」

「は?やだよ」

「未来の女優のために、お願い!」

 志保美は両手を顔の前で合わせて懇願した。佐伯は呆れ顔でため息をつき頭をかいた。
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