腹黒脳外科医は、今日も偽りの笑みを浮かべる
先生は微笑むと、小さな声で私に言う。
「今日も遅くなると思うんだけど……一人で大丈夫?」
(その優しい声だけで、私はもう何日も待てそうです!)
そう思って、はい! と勢いよく頷く。
たぶん、私の前世は忠犬ハチ公だ。
リク先生なら、何年でも何十年でも待てる。
先生の声はそんな私の全部を包み込んでくれるくらい優しい。
「今日は私も少し遅くなりそうで。って言っても、9時くらいだと思うんですけど」
「そっか。なら、帰りはいつものタクシー使って」
そう言われて、私は先生をじっと見る。
先生は、結構心配性だと思う。心配しすぎ。
たぶん、私が10歳年下で、小さなころから知っているというのにも起因していると思う。
でも、私はもう立派に大人の女性だ。
先生と結婚できるくらいには……。
「でも、徒歩10分ですよ?」
「人通りの少ない道もあるし、心配だから、お願い」
「でも……」
「じゃあ、一旦僕も帰るから一緒に帰る?」
そう言われて、私は首を慌てて横に振る。
私が帰るごときで、先生の大事な仕事の邪魔をするわけにはいかない。
「え、そんな、いいですいいです! ちゃんとタクシー使います!」
「本当に?」
「はいっ」
ぶんぶん縦に頷いて、私は先生の邪魔をしないように、それでは、と早足でその場を後にした。