腹黒脳外科医は、今日も偽りの笑みを浮かべる
歩いていると、隣にいる室長が小さな声で言う。
「ももちゃん、今までタクシーなんて使ったことあった?」
「ないです。だって徒歩10分ですよ。超もったいないです」
私が言うと、室長は、「あの李久先生に嘘つけるのってももちゃんだけよ」と苦笑する。
「これは相手を心配させないための嘘です。悪い嘘じゃないです。そもそも、リク先生、心配性すぎます。私はもう大人ですし」
「なによ、今更反抗期?」
「じゃなくて、早く先生に近づきたいんです。先生、まだ私に本音の部分を見せてくれてないと思うんですよね」
「本音?」
たぶん、私が本音を見せられないほど頼りない相手だから……
だからきっと夫婦としても、そういうことができないんだと思っていた。
(まぁ、私の魅力不足ももちろんあるんだけど……ダメならダメでダメな部分も教えて欲しい)
私は少し考えて続ける。
「患者さん亡くなった時とか、病気で苦しんでる人見るのも辛いじゃないですか。その上、あんなに忙しくて……。あんな優しい人だし、いろいろ自分の中で我慢してると思うんです。でもそういうところ、家で妻の私にも見せてくれたことないんです」
私は弱い先生も、全部受け入れる覚悟をしているのに。
「まぁ、我慢はしてるでしょうね。ずっと病院だし、オペばっかだし。次期病院長でしょう? 弱音なんて吐きづらいわよね」
「はい。だから、私はリク先生の思ってること、聞くくらいしかできないかもしれないけど、本音を吐き出せるくらいの相手ではいたいんです」
私が言うと、室長は、きっと大丈夫よ、と微笑んでいた。