弁柄
新聞配達のスクーターのエンジン音で我に返った。
辺りを確認しよう彼女から目を反らした。
しかし、心はまだ彼女の方を向いていた。
いてもたってもいられなくなり、
僕は彼女に声をかけに向かった。
「遠くから来たんだ。
 君のような人を初めて見た。
 何故こんな事をしているんだ?」
「父が、
 私に悪い虫が寄り付かないように、と。
 一人娘ですので。」
目を閉じたまま、殆ど唇も動かさず、
消えかかった声で答えた。
僕は返事をしなかった。
あまりにも堂々とおかれているそれを、
生身の人間だとは思っていなかったのだ。
こんな場所に精巧な人形がある事を珍しく感じ、
返事が無いことを承知の上で声をかけた。
小さく驚いた声を上げ、
僕は後ずさった。
薄ら明るくなった空に細い月がまだ出ている。
彼女は静かに涙を流していた。
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