甘い支配の始まり《マンガ原作賞優秀作品》




「おはようございます」

誰だ?という声と雰囲気の紫乃がゆっくりと入って来た。大体、少し前にドアの前で気配がしているのに入って来ないことを不思議に思っていたんだ。

少し声を掛けて様子を見ていると、ボーッとするのを振り払うように声を絞りだし返事しているようだ。苦し気な音で‘友人とも会えて良かったです’と能面のような温度のない表情を伏せる。

違うだろ…本来の紫乃は、黙々と仕事しつつも入力をミスった時など

「あ…ちゃう」「ちゃうわ…」

と頬を紅潮させて関西弁の‘違う’を小さく繰り出し、わからないことは後藤先生の事務所まで積極的に聞きに行くようなタイプ。それがどうした?

あの日、紫乃を初めて見た俺は衝撃を受けた。俺はフェティシズムの持ち主だったのか?それとも一目惚れというものか?

彼女のひとつ一つのパーツが自分の理想として、目に、心に、脳に飛び込んでくる感覚だ。今まで特に女のパーツの理想なんてわざわざ考えたことがないのに、この目だ、この鼻だ、この耳だ、この唇だ、この声だ…と、紫乃の全体像はもちろん、パーツごとに俺の中に焼き付けられていく。

逃さない。ソフトに…猫を何匹も重いほど被って‘花園さん’と呼び、心で紫乃と呼ぶ。
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