恋におちたとき
「結婚式は花嫁のためにあるんだよ。新郎は添えもの。本当に、綺麗だ」

 笑顔でそう言ってくれるから、嬉しくなって私も微笑み返した。

「ありがとう」
「……あー、いま意味分かった」
「なに?」
「この部屋入るとき、注意された。お化粧崩さないで下さいねって」
「え?」

 意味が分からず聞き返すと、そっと柔らかく抱きしめられる。

「だから、おでこにチューで我慢する」
「あ……」

 おでこに柔らかい感触がして、幸せが増してゆく。そうして抱きしめられたままでいて、でも少しだけ言いたくて、そっと耳元に囁いた。

「今日も、雨だね」
「まだギリギリ梅雨明けていないもんな」

 日取りが七月上旬に決まった時に、なんとなく予感はしていた。多分私達、雨男と雨女のカップルなんだ。自分達だけなら良い。けれど結婚式が雨というのは、せっかく来ていただいた招待客に悪い気がする。

 その考えに沈みそうになった瞬間、

「恵みの雨だ」

 そう囁き返された。顔を上げて彼を見ると、なんだかワクワクした表情になっている。これは、私が初めて彼を見た時のあの雰囲気に似ている。

「そうだね」

 思い出しながら、うなずいた。雨を見て、飴を連想する人。そんな彼に、私は恋におちたんだった。

 ◇

 結婚式はホテル内のチャペルで行われた。ガラス張りで外の景色が一望出来る。パンフレットには一面の青空を背景にした新郎新婦の写真が載っていたけれど、今、私達の目の前に広がるのはグレーの空。でも、悪くないなと思った。空が柔らかい光に満ちていて、優しい雨に包まれている。

「えー、雨降って地固まると言いますが」

 披露宴の席で彼のお父さん、これからは私にとってもお義父さんが、緊張した面持ちでそう切り出した。ドラマとかでよく聞く台詞だ。ある意味有名な台詞だけれどリアルでそうそう聞くことのない、それ。

 わぁと密かに興奮していたら、彼の肩が震えるのが横目で見えた。うつむく口元が微妙に歪んでいる。

 これは笑いをこらえているな。

 そう思ったら、なんだか私もおかしくなってしまった。これ、笑っちゃいけないって思うと余計に笑いたくなってしまうやつだ。
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