恋がはじまる日

「手伝ってくれてありがとう」

「うん!」


 英語の教務室に無事ノートを運び終え、二人で教室へと歩みを進める。

 すると山下くんが沈黙に耐えかねたのか、徐に口を開いた。


「佐藤さんは、椿と幼なじみなんだよね?」

「うん、そうだよ」

「椿と佐藤さん、よく一緒にいるし、仲良さそうだけど、二人は付き合ってんの?」

 私は緩く頭を振る。

「付き合ってないよ。椿は大事な幼なじみなの」

「そうなんだ、…じゃあさ、」


 山下くんはそこで言葉を切ると、歩き続けていた私の腕を掴んだ。私は驚きで振り返る。


「椿と付き合ってないなら、俺と、」


 そこまで言って山下くんの声は途切れた。

と同時に、後ろから肩を抱かれた私はよろめいて後退る。両肩を抱かれたまま、後ろの誰かに身体を預けるように寄りかかってしまう。


「俺の彼女に何か用?」


 後ろからひどく不機嫌そうな声が聞こえてくる。

 私は後ろから抱き着かれたまま、なんとか首だけを後ろに回す。


「ふ、藤宮くん!?」

「お前さ、お人好しも大概にしろよ」

「え、ノート運びを手伝ってただけで…」

「ふーん、あっそ、帰るぞ」

「え、あ、待って!」


 藤宮くんはさっさと教室へ歩いて行ってしまう。


 優しく暖かな温もりが離れてしまって、少し寂しさを感じた。


 ていうか今!後ろから…!


 今更になって先程の出来事に身体中が熱くなる。

 目の前でぽかんと口を開けている山下くんに、「ごめん、先帰るね!」とだけ告げて、私は藤宮くんの後を追った。


< 159 / 165 >

この作品をシェア

pagetop