恋がはじまる日
「手伝ってくれてありがとう」
「うん!」
英語の教務室に無事ノートを運び終え、二人で教室へと歩みを進める。
すると山下くんが沈黙に耐えかねたのか、徐に口を開いた。
「佐藤さんは、椿と幼なじみなんだよね?」
「うん、そうだよ」
「椿と佐藤さん、よく一緒にいるし、仲良さそうだけど、二人は付き合ってんの?」
私は緩く頭を振る。
「付き合ってないよ。椿は大事な幼なじみなの」
「そうなんだ、…じゃあさ、」
山下くんはそこで言葉を切ると、歩き続けていた私の腕を掴んだ。私は驚きで振り返る。
「椿と付き合ってないなら、俺と、」
そこまで言って山下くんの声は途切れた。
と同時に、後ろから肩を抱かれた私はよろめいて後退る。両肩を抱かれたまま、後ろの誰かに身体を預けるように寄りかかってしまう。
「俺の彼女に何か用?」
後ろからひどく不機嫌そうな声が聞こえてくる。
私は後ろから抱き着かれたまま、なんとか首だけを後ろに回す。
「ふ、藤宮くん!?」
「お前さ、お人好しも大概にしろよ」
「え、ノート運びを手伝ってただけで…」
「ふーん、あっそ、帰るぞ」
「え、あ、待って!」
藤宮くんはさっさと教室へ歩いて行ってしまう。
優しく暖かな温もりが離れてしまって、少し寂しさを感じた。
ていうか今!後ろから…!
今更になって先程の出来事に身体中が熱くなる。
目の前でぽかんと口を開けている山下くんに、「ごめん、先帰るね!」とだけ告げて、私は藤宮くんの後を追った。