いつか、君が思い出す季節


「三波。煙草屋の前」

HRが終わると、瀬川はぼそりと呟いて私の後ろを通り過ぎた。
私に教室で返事をさせないのは、このまま予備校へ直行するクラスメイトへの配慮だ。
そう気が付いたのは、確か二回目に学校の外で会った時だった。
あの日も瀬川は言い逃げのように人気の無い場所を指定して、私が来るのを待っていた。

自分が誘いたい時に自分の都合で私を呼ぶ。クラスメイトには配慮できるくせに、私に対する配慮はしない。

一度、来なかったらどうするんだと問うたら、石に花が咲くわ、と覚えたての諺で軽蔑された。どうやら「有り得ねぇだろ」という意味らしい。
それ以来、私が瀬川に配慮を求めたことはない。

瀬川が教室を出て暫くすると、私は雑誌の付録だったのに意外と持った黒のリュックを背負う。
初めから教科書なんて入っていなかったかのように上部をへたらせたリュックは、受験を終えた日から日に日に軽くなっていた。
今はもう、半分だけカラフルに色付いた英単語帳しか入っていない。それも申し訳程度に。

右の解れかけた肩紐だけが、私も皆と同じように参考書を詰め込んだ受験生だった事実を思い出させていた。

私は手を背中の方へと回し、リュックの下で皺になったブレザーと上着を引き摺り出す。
そして赤いチェックのマフラーに鼻先を埋め、顔を伏せたまま喧騒の中を進み始めた。
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