家の中になにかいます【短編】
そんな彼女が、いかないでほしいと泣きながらいったのだ。
普段なんでも仕方ないで過ごす彼女が。
どんな理不尽でもまるごと受け止めている彼女が。

あの時、心臓がとまるかと思った。彼女の仕方ないに甘えていたのだ。
俺は連れて帰る気なんかなかった、彼女は生き残れないと思ったからだ。
こんなに優しい彼女があの世界で生き残ることはできないと。
だから、最後に思い出として抱かせてもらおうと、彼女なら断らないだろうと。
胸糞悪い自分に一番腹が立つ。彼女は我慢していただけだというのに。

彼女を掻き抱いて、眠った。
月夜に覚悟を決めて。


***

帰る一週間後まで、私たちは話すことができなかった。
そして、当日。

「作り置きでハンバーグ、小松菜の煮びたし、きんぴら、こふきいも、他にも冷蔵庫にいっぱいつめこんだからしばらくは持つと思う。」
この三日間くらいは一心不乱に料理に打ち込んでいたからなにごとかと思ったら、私のことを気にして作っといてくれたらしい。
思わず小さく笑う。最後の最後まで優しい彼に。

二年前の段ボールを玄関前にセットする、そしてあの日と同じように雨の日。
私たちが出会った日。
そこに魔法陣をなぜか油性ペンでかくと浮かび上がった。
大きく渦ができる。

そして、最後の握手かと手を差し出されたので同じように手を出した。
グイっと引っ張られ、抱きしめられた。子犬のような情けない顔をしていたのだろうか。
クロウと目が合う、まっすぐに射貫くその眼差しに顔が熱くなる。

「選んでほしい、このまま俺がいなくなってここに留まるか。もしくは俺の世界にきて一緒に過ごしてくれるか。俺は後者がいい。俺は後者であってほしい。こんなにも優しい感情を人から受けてて、それに甘えて。嬉しかった、だけど同時に傷つけたってわかったんだ。もし、来てくれるならなにがあっても一緒に」

そういう内に、足元から光が溢れだしている、彼の顔も光に埋もれ色淡く薄くなっていく。訴えかけた言葉は迫りくる光に、焦り、取りつくことができなくなっている。
そんな中での決断を迫られる中、彼は眉を八の字にして泣いているような気がした。
ずるい男だ。この手を振りほどけば、会えなくなる、一生。そんなもの選べないって分かっているのに、こうして選択肢を選ばせようとするなんて。

「仕方ないなあ、一緒に行ってあげる」

きゅっと、抱き着いた。一緒に光に包まれる。あたたかくて、まぶしい光だ。

「仕方なくいってあげるんだから、離さないでね」

背伸びをして顎先にキスをした。
もし、この先なにがあったとしても、私の責任で私の選択だ。
委ねて後悔はしない。
この腕の中に包まれる私は誰よりも今、幸せだと思う。





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