家の中になにかいます【短編】
***
意識を飛ばしている彼女の涙の筋を指でなぞった。
まだ濡れた感触があった。
いかないで、なんて言ってくれるとも思ってなかった。
彼女、もとい、植草真奈美は俺が知る中で一番のお人よしだった。
たとえ俺が同じ状況で異世界人がいたとしても、こんなに世話を焼くことはないだろう。
辛うじて、教会に届け出るといったくらいかだと思う。ダメ元で頼んでみたものの、考えてはいるようであったが、ほぼ即断でいいよと。
しかも家事の手伝いだけとりあえず、難を逃れられることになるなんて。
料理なども出来が悪くても、おいしいと褒めてくれたり、好きといってくれる。
図書館で学んだことに興味関心を抱いてくれる。
こんなに心が安らぐ人間がいるのか、とふるさとを思い出す。
自分は常に出来て当たり前の世界にいて、できなかったら激しく糾弾されるのは子どもであっても大人であっても同じことだった。
母もなにかを言いたいことがあるときだけ、声をかけ食事の機会すら一緒にいない。
大好きだった乳母も、幼いころに亡くした。
父親とは話すだけで腹が痛くなるくらい、言論外のプレッシャーが凄くて疎遠になっていた。
弱みを見せてはならない、これが生きるすべ。
最初から生命線を握っていた彼女。その事実に恐怖を抱いていたのは事実である。
何日かたったくらいの、心が緩み切っていないとき。
帰る方法をみつけるため、色んな事を繰り返しては挫折して切羽詰まっていた時だった。
「クロウ、大丈夫だよ」
「なにが」
「わかんないんだけど、大丈夫だよ。そう思うことが大切なんだよ。はい、ココア。あったまるよ」
甘いカカオの匂いとともにやってきた彼女。なしえなかったことをメモ帳に×を書いていた俺を見かねて作ってくれていたのだ。×が増えるたびに心が折れそうな自分を見透かされていたようだった。
でもその気遣いさえもその時は苛立ってしまった。彼女はこんな平和な世に生きていて、のうのうと暮らしているんだから。
「悩みなんてなさそうだよな、真奈美は」
その悪態に、彼女はこともなげにいう。
「そう見えてるなら嬉しい、周りに気を使わせてしまうもの」
「……」
「わたしは昔からものわかりがいい女でね。現代で生きていくにはちょっと生きづらいことがあるんだ。まあたとえば、元カレが私の部屋に別の女連れ込んできたときも、あっさり別れたりして、本来は修羅場になるようなことじゃん?でも手放しちゃったんだよね、好きなのに」
その元カレとやらに激しい怒りを感じた。こんなむごいことはないだろう。
手垢がつけられたという理由だけで、結婚相手も狭まるというのに。
「なんでも仕方ないかで感じちゃうの。みっともなく縋ったってどうしようもないし、帰ってくるわけではないでしょう?自分は捨てられたんだなってわかれば、次に進めるし。未来も見えるじゃん。さすがにこんなことになるほど仕方ないですましちゃだめだけど、クロウは10回に1回くらい仕方ないかって感じてもいいと思うんだよね」
仕方ないは現状を認めることに違いなかった。惨めな出来事さえも認めてしまえば楽になるということを教えてもらった。両親が自分に関心を向けなかったことも、諦めてしまえば、それでも自分は甘やかしてほしかったと認めることができた。
そんな考え方を彼女は教えてくれた。優しい味のココアとともに。
意識を飛ばしている彼女の涙の筋を指でなぞった。
まだ濡れた感触があった。
いかないで、なんて言ってくれるとも思ってなかった。
彼女、もとい、植草真奈美は俺が知る中で一番のお人よしだった。
たとえ俺が同じ状況で異世界人がいたとしても、こんなに世話を焼くことはないだろう。
辛うじて、教会に届け出るといったくらいかだと思う。ダメ元で頼んでみたものの、考えてはいるようであったが、ほぼ即断でいいよと。
しかも家事の手伝いだけとりあえず、難を逃れられることになるなんて。
料理なども出来が悪くても、おいしいと褒めてくれたり、好きといってくれる。
図書館で学んだことに興味関心を抱いてくれる。
こんなに心が安らぐ人間がいるのか、とふるさとを思い出す。
自分は常に出来て当たり前の世界にいて、できなかったら激しく糾弾されるのは子どもであっても大人であっても同じことだった。
母もなにかを言いたいことがあるときだけ、声をかけ食事の機会すら一緒にいない。
大好きだった乳母も、幼いころに亡くした。
父親とは話すだけで腹が痛くなるくらい、言論外のプレッシャーが凄くて疎遠になっていた。
弱みを見せてはならない、これが生きるすべ。
最初から生命線を握っていた彼女。その事実に恐怖を抱いていたのは事実である。
何日かたったくらいの、心が緩み切っていないとき。
帰る方法をみつけるため、色んな事を繰り返しては挫折して切羽詰まっていた時だった。
「クロウ、大丈夫だよ」
「なにが」
「わかんないんだけど、大丈夫だよ。そう思うことが大切なんだよ。はい、ココア。あったまるよ」
甘いカカオの匂いとともにやってきた彼女。なしえなかったことをメモ帳に×を書いていた俺を見かねて作ってくれていたのだ。×が増えるたびに心が折れそうな自分を見透かされていたようだった。
でもその気遣いさえもその時は苛立ってしまった。彼女はこんな平和な世に生きていて、のうのうと暮らしているんだから。
「悩みなんてなさそうだよな、真奈美は」
その悪態に、彼女はこともなげにいう。
「そう見えてるなら嬉しい、周りに気を使わせてしまうもの」
「……」
「わたしは昔からものわかりがいい女でね。現代で生きていくにはちょっと生きづらいことがあるんだ。まあたとえば、元カレが私の部屋に別の女連れ込んできたときも、あっさり別れたりして、本来は修羅場になるようなことじゃん?でも手放しちゃったんだよね、好きなのに」
その元カレとやらに激しい怒りを感じた。こんなむごいことはないだろう。
手垢がつけられたという理由だけで、結婚相手も狭まるというのに。
「なんでも仕方ないかで感じちゃうの。みっともなく縋ったってどうしようもないし、帰ってくるわけではないでしょう?自分は捨てられたんだなってわかれば、次に進めるし。未来も見えるじゃん。さすがにこんなことになるほど仕方ないですましちゃだめだけど、クロウは10回に1回くらい仕方ないかって感じてもいいと思うんだよね」
仕方ないは現状を認めることに違いなかった。惨めな出来事さえも認めてしまえば楽になるということを教えてもらった。両親が自分に関心を向けなかったことも、諦めてしまえば、それでも自分は甘やかしてほしかったと認めることができた。
そんな考え方を彼女は教えてくれた。優しい味のココアとともに。