青時雨

 スカイダイニングからエレベーターは、数階しか降りずに止まった。
 そこは今まで取材でしか訪れたことがないような、贅を尽くしたスイートルームだった。
 
 でも、スイートルームの贅を楽しむゆとりは無かった。

 ドアを閉じた途端、悠介さんは急に私を抱き寄せ、唇を重ねてきた。
  
 強引なのに甘くて、微かにタバコの匂いがする、少しほろ苦い口付け。

 すぅっと気が遠くなって、
 力が、抜ける──。

 彼の腕の中で、力を失った私の身体を抱き上げて、悠介さんはベッドルームのドアを開けた。

 彼に抱かれ、激しい快楽の渦に翻弄されながら、私は頭の片隅で、ぼんやりと考えていた。

 きっと私は、彼の巣にかかった一匹の蝶だ。
 もがいても、逃れられない。
 頭のから足の先まで、全て彼に喰らい尽くされる──。

 いくつもの頂きを越えて、ようやく悠介さんは、私から身体を離した。

 私は身体のあちこちが痺れたようになって、しばらく動けなかった。

(ひど)い人」

 私は彼の胸に憩いながら、そう呟いた。
 ナイトスタンドの淡い輝きの中で、彼の息遣いを感じていた。

「純さんが、美しすぎるんです」

 彼は言った。

「僕に抱かれているあなたは、本当に美しい。美しい絵画を愛でるように、あなたを抱きたいと願うのは、いけないことですか?」 

「他の女性にも、そう仰っているのでしょう」

 甘え声でそんな言葉を漏らしても、彼に薄く笑われるだけだった。
 
 だが──。

「悠介さんには、奥様がみえるではないですか。奥様に悪いとは思われないのですか」

 彼の様子が変わった。
 悠介さんは急に私をベッドに押し付けると、冷えた声で言った。

「妻のことには触れないでください」

 彼は私を抑えつけたまま、準備のできていない私の身体に強引に押し入ってきた。

 悠介さんは、先程までとは別人のように、言葉も態度も冷え切っていた。
 彼が初めて見せる、「闇」の(かお)だった。
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