ツインソウル
 近所の公園で子供用のブランコを揺らしながら緋沙子は黄昏ていた。
涙はもう枯れ果てるぐらい流していて、二重瞼の目が腫れ一重瞼になっている。
春とはいえまだ肌寒い夕暮れ時は緋沙子をよりみじめな気持ちにさせた。

 ぼんやりこいでいると目の前に智樹が現れる。

「こんなところでどうしたんですか?」

 この公園は図書館に隣接している。
通りがかってもおかしくないだろうが薄暗く何度かしか会っていないのに自分をわかってくれたことに緋沙子は少し救われる気持ちになった。

「恥ずかしいところを見られてしまって……」

 緋沙子は化粧もとれてひどい顔をしているんだろうと思い下を向いた。

「すみません。声をかけてしまって。心配になったもんですから」
「ありがとうございます。嬉しいです」

 緋沙子は静かに微笑んだ。

「お茶でもします?」
「でも変に思われるといけませんよね」
「そう……ですね」
「気にしてくれてありがとうございます。ちょっと元気が出ました。もう帰りますので大丈夫です」
「じゃ気を付けて。また図書館ででも」

 智樹はにっこり笑って立ち去った。

後姿を見送りながら緋沙子は詳しく聞きださない静かな優しさに浸ってから、もう少しブランコをこぎ家路についた。

 弘明は出て行った緋沙子を追いかけることもなく、テーブルについて頭を抱えている。緋沙子にはどこも行く当てがないので帰ってくるはずだ。
 さっき弘明から別れ話を切り出した。北山葵が妊娠したのだ。

たった一夜の過ちが結婚生活を根底から揺るがすことになろうとは夢にも思わなかった。
 葵のことを緋沙子より愛しているわけでない。自分の子供が腹にいるということが弘明の決断を促す。
弘明の実家から孫の顔が見たいという催促にプレッシャーを感じていたからかもしれない。(先輩もそうだったのかな……)

緋沙子のかつての夫、原田と同じ経緯を辿ってしまうことに罪悪感と自責の念そして原田への共感が芽生えた。

 ガチャリと玄関の扉が開く音が聞こえた。泣き腫らした顔で静かに緋沙子が帰ってきた。弘明はどうしたらいいかわからず黙って座っている。緋沙子もテーブルに着いた。

「明日、離婚届とってくるね。――弘明は優しかった」
 緋沙子の『優しかった』の一言が弘明に重くのしかかる。

「う……。くっ」
 弘明は嗚咽を漏らした。

一生大事にしようと心に決めた相手に同じ苦しみを与えてしまった事に弘明自身も傷ついた。
「きっと弘明はその人との縁が強いのよ。子供はかすがいって言うじゃない」

 緋沙子は悟ったような諦めたようなそれでいて弘明の幸せを願ってくれているような優しい声で言う。

「ごめん……」

 泣きながら弘明は謝る言葉しか発することができなかった。

 ガタッと椅子から立ち上がり緋沙子はコーヒーを入れた。香り高いブレンドは湿った空気を明るく乾かしていくようだ。

「生活とか面倒見るから」
「心配しないで色々片付けたら四国に帰る」
「そう……なのか」

 緋沙子の決定事項に弘明は何も意見できなかった。静かにコーヒーを飲み干した後、弘明はマンションを出て行った。
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