たぶんあなたの子です? 認知して下さい!
︎✴︎


ゆりと出会ったのは、賢斗が入院していた病院。
賢斗は足を骨折していた。
そこで看護婦のゆりと出会った。
担当をしてもらううちに、惹かれ合い、恋に落ちた。
しかし⋯⋯ 。


✴︎


「姉は聞いたと言っていました。賢斗さんが誰かに電話をしていて、妻を連れて帰るって⋯⋯ 」

「それ相手オレだ」


と秀斗が言った。


いきなり病院から電話してきてそう言ったから、「なに? 結婚したの? 」と聞いたのだ。
骨折して入院するまでそんな話がなかったから、驚いたそうだ。


「いやまだだけど、」


と賢斗は答えた。妻と言ったのはゆりの事を言っていたのだという。


「じゃ、姉はその〈妻を連れて帰る〉って言葉を聞いて、既婚者なんだと思って誤解したんですね」


✴︎


退院日に、もうすっかり妻にしたぐらいの気持ちでいたゆりから、


「患者と寝てみたかったのよ」


といきなり冷たくされ、後を追ったら、


「いい加減にして! 遊びはおわり! 」


と告げられた。
「彼氏がいる」とも言われた。

あまりの事に、家にも帰る気にならず、ホテルを転々としながら、しかし本当に行方不明になれば彼女に捜査の手が伸びると思うと、理性が働いて⋯⋯ 本当に理性があるならきちんと確認するなりして欲しかったところだが⋯⋯ 仕事だけは続けていたという。

妊娠した事も知らなかった。


✴︎


泣きながら病院に駆けつける兄、賢斗は、全く最愛の恋人も子供も失うつもりなんてなかった。
2人はつまり、ただすれ違っていただけだった。

すっかり退院の準備をして座って自分の通帳の残金を計算していた姉、ゆりは泣き崩れた。
外から見ればバカみたいな行き違いも、本人たちにとっては大変な悲劇で、心を失ってしまうほどの一生に一度の出来事であった。

ゆりは彼の妻の存在を勝手に思い込んだ。確かめもせず、どちらにせよ釣り合わない育ちから身を引くことが最善と信じたし、賢斗もまたその逆に育ちの良さから、ゆりの嘘の虚勢のあるふりを信じてしまうような純粋さを持っていた。

諌める人も助言する人もいない中、思い詰めていた2人なのだった。軌道に乗れば賢斗は良い父親になるだろうし、お互いを思い合う彼らの愛は続くだろう。

互いの誤解を知り、それぞれ己を悔やみ、それから幸福を信じ合った。
2人で代わる代わる賢次を抱っこして、その柔らかい頬に涙が落ちた。
賢次は両親が揃い、本当の家族の生活が、今、ここからはじまった。


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