偽聖女と虐げられた公爵令嬢は二度目の人生は復讐に生きる
「お父様お気をつけて」

 父グエンにリシェルは声をかけた。グエンはランジャーナ地区の反乱制圧に向かうことを報告に来ており、王宮内の談話室で父娘の久しぶりの面会が許されたのだった。
 グエンは周りを見回した後、リシェルを見つめる。

「ああ。鎮圧はそれほど時間がかからないだろう。……それより」

 グエンがそっとリシェルの殴られて少しアザになっている頬に手を触れた。

「そちらは大丈夫なのか?」

 グエンの言葉に、職務をこなせていない自分が責められているような気がして、リシェルは目を伏せる。グエンは昔から国に全てを捧げている人だった。「ランディリウム王国の剣」と呼ばれ、数々の武勲をあげた実力者だ。
 社交界で国王陛下と妻とリシェルが暗殺者に襲われた時。グエンは迷わず妻より国王陛下を選んだ。その結果、妻は娘のリシェルを守り、死んでしまった。
 父はきっと国に奉仕できていない娘の現状に失望しているのだ。リシェルはそう結論づけて、グエンを見つめ返した。

「はい。至らぬところはありますが、国のために善処するつもりです」

「そういう意味ではない。私は……」

 グエンが何か言いかけた時。

「グエン様、早馬で知らせが! 敵はロンジャールの砦まで占拠するつもりです!」
「わかった、すぐ行く。リシェル。この戦いが終わった後、話したいことがある」

 そう言って去っていった父グエンの背をリシェルは不安そうに見送った。



 平民が起こした反乱はグエンの活躍により制圧された。
 だが、グエンは戦いの中崖から落ちてしまい、兵士たちの必死の搜索にもかかわらず見つからなかった。
 リシェルはすぐにでも現場に駆けつけたい衝動にかられたが、ガルシャがそれを許すはずもない。ただ心配することしかできない自分に苛立ちを覚えるのだった。
 結局、リシェルは二度とグエンに会うことは叶わなかった。
 一方のマリアは、反乱が起きたことで自分がとった政策が民を苦しめていたことを初めて実感したらしく、塞ぎ込んでそのまま部屋にこもってしまった。そんなマリアにガルシャはかかりきりで、リシェルに嫌がらせをしてくることもなくなった。
 今はマリアの思いつきでリシェルが悩まされることもない。
 理不尽な罵倒と暴力を受けない生活にどこか安堵していたリシェルだったが、聖女マリアを励まそうと開かれた晩餐会で──それは起きた。

「反乱を煽った罪で婚約破棄するっ!」

 晩餐会のホールの中央で、突然ガルシャに告げられリシェルは固まった。いっせいに会場にいた貴族たちからざわめきが起きる。

(何を言っているのだろう? このような戯言を誰が信じる? 王都にいて周りとの接触を規制されていた私が反乱の首謀者?)

 リシェルは信じられないという瞳でガルシャを見る。
 反乱を鎮圧したのは、ほかでもなくリシェルの父グエンだ。さらにグエンはその戦いで亡くなっているのだ。 それに、そもそもランジャーナ地区とのパイプもない状態で、どうやってリシェルが反乱を起こせるというのか?
 リシェルは唖然としながらも周りに視線を移すと──誰もが視線を露骨に逸らした。
 そして、そこでリシェルは悟った。もうこの国にはまともな人がいないということを。

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