偽聖女と虐げられた公爵令嬢は二度目の人生は復讐に生きる
王宮の一角にある幽閉の塔。
貴族が入るにはあまりにも粗末な石造りの牢屋で、リシェルは力なく床に伏せていた。
ただ、ガルシャがマリアを慰めるためだけに、リシェルは牢に入れられたのである。
マリアに嫉妬したリシェルが反乱を起こしただけで、マリアの政策は間違っていなかったと証明したいがために。リシェルは無実の罪を着せられたのだ。
せめて国王が健在でリシェルの父グエンもいたなら、このような暴挙は止められただろう。国王はマリアになびくことなく聡明で寛大な人物だったのだから。だが病に伏せってからは表舞台に出てくることはない。そのため誰ひとりガルシャの暴挙を止められない。
王家には、神に賜ったとされる短剣があり、神器とされている。その神器を扱えるのは、王族の血筋にある後継者のみ。ゆえに、彼が、暴君であったとしても誰も逆らえない。
現在王族の正当な血を引くのはガルシャしかいないからだ。
ほかの王子や姫たちは幼い頃事故や病気でなくなってしまい、国王も悲劇が続き意気消沈したのか、その後は子どもを持たなくなった。風の噂では王子派の手先に殺されたのではないかとさえ言われている。
(けれど、もうどうでもいい)
リシェルは心の中でつぶやいた。この国の未来を憂えたところで、リシェルに何ができるわけでもない。もう遅かれ早かれこの国は滅びる。
あのような経済の破綻した状態では、経済力のある国に吸収されて終わりだ。王族も神器のためだけにどこかに幽閉されて生かされるだけの未来だろう。
リシェルはため息をついた。
逃げられないようにとガルシャの独断で切断された両足がまだ痛い。太ももから下の足がない状態に泣く気力すらなかった。ほかにもなじられ受けた暴力で体中アザだらけだが足の痛みのせいでそれも忘れられる。慰め程度にかけられた回復魔法でも痛みは消えない。
昨日から熱が上がったり下がったりを繰り返しているが、この石造りの牢獄に見舞いに来るものなどもなく、ただただ我慢するしない。
(どうせ──助からない)
リシェルは悟っていた。ガルシャはここで自分を殺すつもりなのだと。
(死んだら大好きだったママに会えるかな?)
などと熱でぼんやりする中考えていると──。
「君がリシェルか」
牢屋の外から声が聞こえる。もう放っておいてほしかった。
視線だけでそちらを見ると、金髪の鎧を身にまとった青年が立っていた。
「あなたはたしか──」
「ロゼルト・エル・カーシェント。覚えてもらえていたなら光栄だな」
そう言って青年は微笑む。たしか遺跡で有名な領地のカーシェント領のひとり息子で、リシェルと同じ年だったはず。あまり領地から出てくることがなかったので、会ったのは一度か、二度。なぜこのような場所に?
「君を助けに来た」
「……私を?」
意外な言葉にリシェルは眉をひそめた。王族に逆らってまでロゼルトがリシェルを助けに来るほどの接点などない。今度は、ガルシャが脱走を試みたという罪をつくり上げ、リシェルの手でも切り落とすためにこのような手の込んだことをしたのかもしれない。
「エクシス様に助けてくれと頼まれたんだ。さぁここから逃げよう」
ガチャガチャと何かを取り出そうとするロゼルトに、
「いえ、無理です」
リシェルは床に横たわったまま答える。
ひんやりとするレンガの床が気持ちよくて頭を上げられない。
「無理じゃない。こんなところにいたなら君は殺される。逃げるしかないんだ」
リシェルは熱で声をだすのもつらくなり、自分の足を指さす。
「……足が」
スカートで気づかなかったのか、ロゼルトの顔が青ざめた。
「もうこれ以上生きるのは疲れました。私のことは放っておいてください」
「そうはいかない。ふたりで」
「エクシス様にお伝えください。……あなたはどれだけ人を苦しめれば気が済むのかと」
そう、そもそも彼が間違った神託を下さなければ、リシェルは婚約者だったフランツと結婚し、このような立場にならないで済んだ。たとえ国があの王子とマリアのせいで滅んだとしても、フランツと仲睦まじい夫婦でいられる一時期の幸せくらいは手に入れられたはずだった。
「……それでも、君は生きるべきだ。こんなところで朽ちて悔しくはないのか?」
「そんな感情はもうありません。私は平穏を手に入れられるならそれでいい」
「平穏? 死ぬことが? 本当にいいのか? 逃げなければ殺されるだけだ。さすがに逃げる気のない者を連れて逃げられるほどこの塔のつくりは甘くない」
「この足で生きてなんになりましょう?」
リシェルの言葉にロゼルトはため息をついた。
「……わかった。今日はいったん身を引こう。足がないというのはこちらも想定外だった。逃げる手段を考え直さないといけない。次来るまでに君の考えが変わっていることを祈るよ」
「もう来なくて結構です」
そう言うリシェルを無視して、ロゼルトが鍵を開けて牢屋に入ってくる。
「……何を!!」
「解熱剤と痛み止めの水だ。これだけは飲んでくれ。また近いうちに来る」
そう言って丁寧にリシェルの身を起こし、薬を飲ませてくれた。
ひょっとしてこの薬は毒物で殺されるかもしれない。リシェルは薬を飲みながらぼんやりとそんなことを考え──熱のためかそのまま意識を失ったのだった。
貴族が入るにはあまりにも粗末な石造りの牢屋で、リシェルは力なく床に伏せていた。
ただ、ガルシャがマリアを慰めるためだけに、リシェルは牢に入れられたのである。
マリアに嫉妬したリシェルが反乱を起こしただけで、マリアの政策は間違っていなかったと証明したいがために。リシェルは無実の罪を着せられたのだ。
せめて国王が健在でリシェルの父グエンもいたなら、このような暴挙は止められただろう。国王はマリアになびくことなく聡明で寛大な人物だったのだから。だが病に伏せってからは表舞台に出てくることはない。そのため誰ひとりガルシャの暴挙を止められない。
王家には、神に賜ったとされる短剣があり、神器とされている。その神器を扱えるのは、王族の血筋にある後継者のみ。ゆえに、彼が、暴君であったとしても誰も逆らえない。
現在王族の正当な血を引くのはガルシャしかいないからだ。
ほかの王子や姫たちは幼い頃事故や病気でなくなってしまい、国王も悲劇が続き意気消沈したのか、その後は子どもを持たなくなった。風の噂では王子派の手先に殺されたのではないかとさえ言われている。
(けれど、もうどうでもいい)
リシェルは心の中でつぶやいた。この国の未来を憂えたところで、リシェルに何ができるわけでもない。もう遅かれ早かれこの国は滅びる。
あのような経済の破綻した状態では、経済力のある国に吸収されて終わりだ。王族も神器のためだけにどこかに幽閉されて生かされるだけの未来だろう。
リシェルはため息をついた。
逃げられないようにとガルシャの独断で切断された両足がまだ痛い。太ももから下の足がない状態に泣く気力すらなかった。ほかにもなじられ受けた暴力で体中アザだらけだが足の痛みのせいでそれも忘れられる。慰め程度にかけられた回復魔法でも痛みは消えない。
昨日から熱が上がったり下がったりを繰り返しているが、この石造りの牢獄に見舞いに来るものなどもなく、ただただ我慢するしない。
(どうせ──助からない)
リシェルは悟っていた。ガルシャはここで自分を殺すつもりなのだと。
(死んだら大好きだったママに会えるかな?)
などと熱でぼんやりする中考えていると──。
「君がリシェルか」
牢屋の外から声が聞こえる。もう放っておいてほしかった。
視線だけでそちらを見ると、金髪の鎧を身にまとった青年が立っていた。
「あなたはたしか──」
「ロゼルト・エル・カーシェント。覚えてもらえていたなら光栄だな」
そう言って青年は微笑む。たしか遺跡で有名な領地のカーシェント領のひとり息子で、リシェルと同じ年だったはず。あまり領地から出てくることがなかったので、会ったのは一度か、二度。なぜこのような場所に?
「君を助けに来た」
「……私を?」
意外な言葉にリシェルは眉をひそめた。王族に逆らってまでロゼルトがリシェルを助けに来るほどの接点などない。今度は、ガルシャが脱走を試みたという罪をつくり上げ、リシェルの手でも切り落とすためにこのような手の込んだことをしたのかもしれない。
「エクシス様に助けてくれと頼まれたんだ。さぁここから逃げよう」
ガチャガチャと何かを取り出そうとするロゼルトに、
「いえ、無理です」
リシェルは床に横たわったまま答える。
ひんやりとするレンガの床が気持ちよくて頭を上げられない。
「無理じゃない。こんなところにいたなら君は殺される。逃げるしかないんだ」
リシェルは熱で声をだすのもつらくなり、自分の足を指さす。
「……足が」
スカートで気づかなかったのか、ロゼルトの顔が青ざめた。
「もうこれ以上生きるのは疲れました。私のことは放っておいてください」
「そうはいかない。ふたりで」
「エクシス様にお伝えください。……あなたはどれだけ人を苦しめれば気が済むのかと」
そう、そもそも彼が間違った神託を下さなければ、リシェルは婚約者だったフランツと結婚し、このような立場にならないで済んだ。たとえ国があの王子とマリアのせいで滅んだとしても、フランツと仲睦まじい夫婦でいられる一時期の幸せくらいは手に入れられたはずだった。
「……それでも、君は生きるべきだ。こんなところで朽ちて悔しくはないのか?」
「そんな感情はもうありません。私は平穏を手に入れられるならそれでいい」
「平穏? 死ぬことが? 本当にいいのか? 逃げなければ殺されるだけだ。さすがに逃げる気のない者を連れて逃げられるほどこの塔のつくりは甘くない」
「この足で生きてなんになりましょう?」
リシェルの言葉にロゼルトはため息をついた。
「……わかった。今日はいったん身を引こう。足がないというのはこちらも想定外だった。逃げる手段を考え直さないといけない。次来るまでに君の考えが変わっていることを祈るよ」
「もう来なくて結構です」
そう言うリシェルを無視して、ロゼルトが鍵を開けて牢屋に入ってくる。
「……何を!!」
「解熱剤と痛み止めの水だ。これだけは飲んでくれ。また近いうちに来る」
そう言って丁寧にリシェルの身を起こし、薬を飲ませてくれた。
ひょっとしてこの薬は毒物で殺されるかもしれない。リシェルは薬を飲みながらぼんやりとそんなことを考え──熱のためかそのまま意識を失ったのだった。