眠りにつくまで





彼女のルーティン生活とアパート取り壊しを聞いてからの不安定さ。不眠からの食欲不振…

「簡単に説明していますが、彼女にとってひどくつらい状況でいつ倒れてもおかしくありませんでした。立って歩いているのが不思議なほどでした」
「…電話では‘うん、元気’って」
「言うでしょうね。彼女自身、一人であの生活を死守する気持ちで一杯でしたから」
「三鷹さんはその光里を前に向かせて下さった…」
「好きになったものは仕方ないですよね…光里が…あっ光里さんが後ろ向こうがいいんです。どんな彼女も受け入れる」
「光里でいいですよ」
「はい…どんな光里でもいい…でも口から食事をしてくれないのは困る。食べ物が体を作っているのですから」
「その通りですね」
「食べられるようにまず眠らなければならなかった」

毎晩電話で話しているうちに眠れるようになったこと、それから少しずつ食べられるようになったことを伝える。

「今はやっと普通の食事量ですし、料理が好きだったと思い出したようです。新しい食べ物を買おうと手を伸ばしてくれた時には…俺泣きそうでした」
「…光里は何を買いましたか?」
「リンゴンベリーというこけもものジャムです」
「そうですか…昨日光里は近くのパン屋さんの食パンを持って来てくれました」
「リンゴンベリー以来、光里の行きつけの店になってるので。お父さんもお母さんも厚めのトーストが好きだから1本お土産にすると言っていました」
「今朝…とてもおいしかった」
「分厚いトースト食べましたよ…おいしかった」
「光里の軌跡だけお心に留めていただければ今日の訪問の目的は達成されました。突然お邪魔致しました」

俺が頭を下げると

「では珈琲を一杯だけ」

そう言って母親が立ち上がった。
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