我が身可愛い大人たち
『吐き気止まったら、タクシー乗ろっか。ねっ』
『ほっとけよ……。家で待ってんだろ、旦那』
雅巳の胃の中はすでに空っぽ。なにも出ないのに吐き気だけが止まらず、ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返しながら美鳥にそっけない言葉をかけた。
美鳥はそれでも、雅巳の背を優しく撫で続ける。
『……そうでもないよ。だからレスなんじゃない』
『別れろよ』
『えっ?』
『そんなヤツとは別れて、俺にしろよ……』
ゆらりと顔を上げた雅巳は今にも倒れそうな体を建物の外壁に預け、濁った眼で美鳥を見つめた。最悪な状況での告白だとわかっていたが、止められなかった。
『好きだったんだ。昔からずっと』
美鳥は大きな目を見開き、呆然とする。
雅巳の想いにはまったく気づいていなかった。そんな反応だ。
『俺なら、梓沢を悩ませない自信がある。俺を選べよ、梓沢』
『直江くん……』
美鳥は俯き、少しの間なにか考える。けれど、結論を出すのは案外すぐだった。
『ありがとう。そう言ってもらえてうれしい。でも、さっきも言った通り、もう少し足掻いてみるつもりなの。一度は結婚したいとまで思った相手だから、簡単にはあきらめたくなくて』