我が身可愛い大人たち
『ありがとう。これ、うまいところのだよな? 帰ったら妻といただくよ』
若い女の子にチョコレートを渡されたからって、妙な期待を抱くな。わざわざ『妻と』と口に出したのは、そんな風に自分を戒めるためだった。
絵里奈に他意があろうとなかろうと、妻を大事に思う夫を演じた方が好印象だろうという計算もあった。実際のところ、妻の美鳥との関係は、良好とは言えなかったが。
『奥さん……そうですよね。ダメなんですよね、好きになっちゃ』
絵里奈が物憂げに呟いた。彼女の視線は、和真の左手の結婚指輪をとらえている。鼓動がどきりと音を立て、絵里奈から目が離せない。
やがて顔を上げた彼女は、机の上でギュッと和真の手を握った。
『でも私、こんなに誰かを好きになったのって、初めてなんです。平さんと奥さんの関係を壊すようなことはしませんから、どうか一度だけ……私を抱いてもらえませんか?』
涙目で懇願され、和真は不覚にも道徳心がぐっと揺らぐのを感じた。
一度だけ。それなら周囲にも気取られず、絵里奈ともあと腐れない関係でいられるだろうか。頭に浮かんだのは妻の美鳥の存在より、自分の保身ばかり。
それさえ叶うなら絵里奈の誘いに乗りたい。つまるところ、ばれなきゃいいかという心境である。